* * *
ひゅうひゅうと、冷たい風が吹きつける深夜の道。
お酒に酔ったサラリーマンが、千鳥足でふらふらと、家路を急いでいた。
「うう……ひっく、タクシーが全然つかまらねぇや!」
地面も景色もぐにゃぐにゃしていて、まるでまっすぐ歩けない。
「遠いなぁ、家が遠い……」
独り言を言いながら、なおもサラリーマンは歩いていた。
すると、深夜だというのに、前の方から小さな人影が歩いてくる。
「なんだぁ? 子供か? 今何時だと思ってやがる……」
時間を確認しようと、ポケットからスマホを取りだそうとしたけれど、手が滑って落としてしまった。
ひたひたひた。ひたひたひた。
子供がこちらに向かってくる。
サラリーマンはよたよたしながら、落としたスマホを拾おうと手をのばしたが、うまくいかない。
「ちぇっ、なんだよ!」
悪態をついていると、小さな手がスマホを差し出してきた。
「はい、おじさん」
さっきの子供が拾ってくれたらしい。サラリーマンはありがたく受け取ろうとした。だが、小さい手はひょいとそれをひっこめた。
「おふざけはやめろよ、このいたずら小僧め」
にらんでやろうと子供の顔を見たサラリーマンは、凍りついた。
髪を生やしていない頭。真っ黒い服を着ているから、首だけが夜闇に浮かんで見える。
顔の真ん中で輝くのは、宝石みたいに美しい、青い色をした、一つの目。
ぎょろっと、目玉が動く。
にいいいい。
子供は歯をむきだして、笑った。
「あ、あ、あ……」
サラリーマンは腰を抜かして気絶する。
しかし、心配は無用。彼はすぐに目覚めるのだ。
誰と会ったかは覚えていない。手には画面の割れたスマホを握りしめたまま。
すっかり酔いはさめて、短い間、悪い夢でも見ていたみたいな恐怖が、体を震わせてはいたけれど……。
* * *
私のコーディネートが上手くいき、あやかしたちが次々に悩みを解消していったというウワサは、広まったらしい。
樹が遠慮せず、悩めるあやかしを連れてくるようになってしまった。
おかげで私はずいぶん忙しくなった。
文句の一つや二つ、樹には言いたかったよ。でも、樹はさらっと「信じてる」とか「お前はすごい」なんて言ってくるし、コーディネートしてあげたあやかしはみんな喜んでくれて嬉しくて、断るに断れなかったんだよね……。
最初に来たのは、のっぺらぼうだった。
へえ、のっぺらぼうって本当にいるんだね。本当に顔の表面がつるつるなんだ。
「咲ちゃんって言うんっスね。俺はのっぺらぼう」
のっぺらぼうは私より年上だけど、まだ若い感じだった。
……若いっていっても、妖怪だから年ははるか上にはなるんだろうけど。
それにしても、口がないのにどうやってしゃべってるんだろう?
のっぺらぼうの悩みはこうだ。
「みんな顔しか見てくれないんス」
それだけ目立つ顔してたらねぇ。
じゃあ、一つ目小僧みたいに顔がコンプレックスで隠したいとかそういった悩みかと思いきや、そうではなかった。
「俺はもっと目立ちたいんス。まず見た目であっと驚いてもらって、それから顔を見て、さらに驚いてもらいたい」
「……どういうこと?」
と私は隣に立つ樹に聞いてみた。
「あやかしというのは、あまり派手な外見をしていないことが多い。そっと近づき、脅かすからな」
「そうなんス。でも俺、派手な人間の格好を目にしてから、うらやましくってうらやましくって……。俺たちだけ、どうしてこんなに長い間、地味な姿してなきゃいけないんスか? 樹様がイカした服を着てるのを見て、俺もあかぬけた着物を着てみたくなったんス。できれば、とびきり派手なの」
どちらかというと、座敷わらしタイプの悩みかなぁ。
確かにあやかしのだれもが、服装は古風で地味だ。
のっぺらぼうは、ファッションに目覚めたみたい。
「っていうのもね、俺ってほら……顔が地味っしょ」
地味というか、何もないというか。
「目も鼻も口もないんスよ。さみしいでしょうが。だからたまには、他の部分で着飾ったって許されるはずっス! どうですか、樹様」
のっぺらぼうは樹の方をうかがう。目はないけど、いかにもじっと見つめているみたいだ。
樹はごくあっさりと答えた。
「いいのでは? たまには」
「よっしゃあ、ありがとうございます、樹様! それじゃあ咲ちゃん、とびきり派手な『こーで』、頼むっス!」
そういうわけで、私はのっぺらぼうの気に入るコーデを考えることになったのだった。
これは思ったよりさほど悩まなかった。何しろ本人がド派手希望で、とにかく派手ならいいだろうって思ったから。
特別なコンタクトレンズの時みたいに特注品じゃなくて、人間のサイズでも服は合うから、用意するのも簡単だった。
のっぺらぼうの性格から考えても、こんなのが似合うんじゃないかなって服装。
少しずつ、私はあやかしのコーデを考えるのが楽しくなってきていた。
似合うもの、気に入ったものを着てもらった時の喜びが、忘れられなくなっている。
そしてのっぺらぼうにコーデを紹介する日が来た。
「…………」
「…………」
私と樹は並んで、着替えたのっぺらぼうを見つめていた。
「えーと……ちょっと……派手すぎたかな……」
キラキラ光る、金色のスパンコールのジャケット。
黒いシャツに、ネクタイももちろん金色だ。黒いハットのリボンの部分もキラキラ光っている。
これを目深にかぶれば顔を隠して近づけるから、遠目で驚かせてから、近くに寄って顔を見せたら二度驚かせられる。
とはいえ、やっぱり派手すぎた……?
ステージ衣装みたいだもんね……。
「もうちょっとカジュアルなのもあるよ!」
焦って渡した方は、ストリートスタイルを意識したものだった。
これまた派手なスカジャンで、ジーンズはだぼっとしたもの。キャップにヘッドホン。
今にもラップとか歌いそうだ。
「おお、どっちもいいっスね。気に入ったっス!」
いくつか試着してみて、結局は最初の一番派手な、金色コーデに着替えている。
「樹……よかったのかな、これ」
「本人が気に入っているのなら、いいだろう」
こんな姿で出会った人間は、さぞ驚くに違いない。
のっぺらぼうというか……ネオ・のっぺらぼう……いや、のっぺらボーイ?
新しい都市伝説でも生まれそうなインパクトがある。
でも、似合うことは似合ってる。しゃべり方がチャラかったから、チャラい格好がしっくりくるんだよね。
「ありがとうっス、咲ちゃん。咲ちゃんは才能あるし、俺たちともまともに接してくれるし、いい子っスね!」
上機嫌にのっぺらぼうは帰っていった。



