春の風が、校庭の桜をそっと揺らす。

 制服の襟をそっと直して、初めての学校に足を踏み入れた。

 今日は英知高校の入学式。

 ゆうやも隣で、英知高校の制服をまとい、いつも通りの人見知りを発揮して歩いている。

 校庭の桜は満開で、風が吹くたび花びらが舞い上がる。

 その一枚がゆうやの肩にふわりと落ちて、心が温かくなる。

 体育館に入ると、天井が高くて声がふわっと響く。

 入ってくる学生のすべてが満面の笑みで笑っていて、自由。

「白川柚葵」「高橋悠夜」

 返事をして、胸を張って立ち上がる。


 式典のすべてが静かに終わり、学生たちはそれぞれの一歩を歩き出す。


 校庭の桜の前で、私達の声は風に溶けるように響いた。

「ゆうや。入学おめでと」

 まさか、ゲームコンテストの入賞で結果的に2人とも確約を貰えるとは思っても見なかったけど。

「ユズもね。おめでと」

 風が吹いて、枝先の桜がざわめき、ひとひら、ひとひらと空へ旅立っていく。

 花びらは急がず、焦らず、くるくると回りながら地面へと降りていく。

 その動きはまるで、踊るような優雅さ。

 風は冷たくない。

 春の匂いを含むやさしい風。

「中学行けなくなった理由、言ってもいい?」

「聞くよ」

「もともと、俺。人と話すのが苦手でさ」

「うん。知ってるよ」

「小学校までは話さなくても放任主義みたいな感じで何とかなったんだ。

 一人でいたら、変な目では見られるし、心地いいってことはないんだけど、まだマシだった。

 だけど、中学は気を使われる感じでさ。どっかのグループに所属させなきゃいけない感じで。

 でも、無理に入れられたところでうまく喋れないし、話すことも面白くないし、話を続けさせるもできないから。空気はどんどん気まずくなるし、相手のため息が聞こえるようだった。

 その音とか、コイツと話してるのつまんねえみたいな顔怖くなって。

 最後まで合わせてくれる子もいたけど、楽しくないんだろうなっていうのが伝わってきて胸が締め付けられるように辛かった。

 それで、学校には行かなくなった」

 静かに頷く。

 ゆうやの言葉の一つ一つが、胸に沁み込んでいく。

「そっか」

「別に、俺も今更慰めた欲しいとか思ってるわけじゃないから」

「ただ、ユズにありがとうって伝えたいだけ。そんな俺を変えてくれたありがとうって」

「それは、私こそだよ。人を気にしてしまう私を変えてくれたのはゆうやだよ」

 沈黙が流れた。

 桜の花びらが2人の合間を通り過ぎていく。


「あのさ、ユズ」

「なに?」

「もう忘れてたらいいんだけどさ、前に、あの名前だけ付き合ってって言ったじゃん」

「うん。言われたね」

「その、名前だけっての、取り消して付き合ってほしい」

 一瞬目を見開いて、それからゆっくりと笑う。

「いいよ」


 桜の枝が揺れて、花びらがふわりと舞い上がる。

 その一枚がユズの髪に触れて、そっと目を閉じる。

 空は淡い水色で、桜のピンクのコントラストが美しい。


 苦しかった記憶は消えないし、これからだって苦しむことは必ずある。

 それでも、想いきり抗ってやる。