ゆ「何の頼りにも、ならないかもしれないけど、俺も行こうか?」
自分の部屋に戻ると、ゆうやからチャットが来ていた。
自分に自信のない彼なりに、私を助けようとしてくれているということが伝わってきて嬉しかった。
ユ「来てくれるなら、本当に心強い」
ゆ「じゃあ、行こうかな」
ほのかに照れ笑いを浮かべる姿を思い出して暖かくなる。
ユ「母親が帰ってくるまで、もうあと30分くらいしかないんだけど、急いで来れる?」
ゆ「お母さん、帰って来る前に行くの?勝手に入って大丈夫?」
ユ「怒られるだろうけど隠れてれば大丈夫。後からだって変わんないし、機嫌いい方がいいし」
ゆ「そっか。じゃあ、急いで行くね」
玄関の前でそわそわしながら待っていると、数十分後に呼び出し音が響いた。
勢いよくドアを開けて、急いで家の中に入れる。
申し訳なさそうに背中を小さく縮めて、家の中に入っていく。
「あ、こんにちは。妹の莉桜です」
お行儀よく礼をして笑い掛ける妹に、「あ、うん」と小さく返す。
「ゆうやは、人見知りだから、気にしないでね」
「うん。わかった」と言って、莉桜は勉強に戻っていった。
「こっちこっち」
ゆうやを自分お部屋に案内すると、緊張した面持ちで、部屋を見渡していた。
「お母さんが帰ってきてちょっとしたら、私はリビング行くけど、ゆうやはここで隠れてて」
「わかった。頑張って」
玄関から鍵を回す音が響いて、ドアが開いた。
「ただいま」
気だるそうな母親の声に気が滅入る。
「あ、お母さん。おかえり」
莉桜だって、十分演技派だ。
いつもと全く変わらない風を装って、勉強に取り組んでいる。
ダウンをハンガーにかけて、莉桜の隣に向き直った。
「どう。順調?」
「うん。順調だよ」
莉桜と母親はどんどん問題を進めていく。
あんなんでも、莉桜のことはやっぱり愛してるんだなって分かり切ったことを思ってしまう。
「大丈夫。いざという時は助けるから」
震えて動き出せない私の背中をゆうやが優しく叩いて、鼓舞する。
「うん」
小さく頷いて、自分の部屋を飛び出した。
「お母さん。ちょっと話したいことがあるんだけどいい?」
模試の結果は、左手で背中の後ろに隠したまま階段を降りていく。
「何よ。今、莉桜の勉強を見てるのよ。後にしなさい」
シャットアウトするように、鋭く断ち切る。
莉桜が一瞬怯えたような顔を見せて、息を吸い直した。
「私は今じゃなくてもいいから、お姉ちゃんの話聞いてあげて」
小さな声で、そう告げる莉桜の頭を撫でて、「やっぱり莉桜は優しいわね」と笑う。
「ごめんね」と、甘えるような声で笑って、私に向き直った途端、脅すような顔つきに変わる。
大丈夫。
恐れることなんかない。
すっと息を吸って、声を出した。
「志望校。英知高校にしようと思ってるから、この志望校届お母さんの欄、書き直してくれない?」
右手に持った志望校届を机の上に出して、私が書いた英知高校の隣の保護者欄を指さす。
「あなたね、馬鹿なこと言わないの。中学受験に落ちたからって、そんな叶わない賭けをする必要無いのよ。ユズには、北川東高校を受けられることすら名誉なんだから」
言う間を与えないように、言葉を積み重ねていく。
お母さんにとって私は、北川東すら受からない馬鹿だっていう印象しかないんだな。
中学校の成績表だって、ロクに見ていない。
私が生徒会長だったということもおそらく記憶していない。
「じゃあ、私の内申と偏差値、どのくらいだと思うのか言ってみてよ。無理だとか叶わない賭けだとか、知らないで言わないでよ」
私が怒鳴り散らす声に、一瞬怯む。
「内申は40より少し下くらいで、偏差値は60前半くらい?」
窺うように、私ことを眺めて首を傾げる。
「内申はこれ、43。偏差値は前回の模試で73。英知高校は合格圏に入ってる」
茫然としていて、ありえないという表情で見ている。
心を落ち着かせるように、言葉を捲し立てる。
「学力がよくなってることは分かったわ。だけど、ユズは絶対受かると思われてた中学受験を落ちたのよ。今回だって、中学のときより確率は低いし、また落ちたらどうなるか分かってるの」
結果を見せたところで、私に期待しないことは変わりやしない。
もうお母さんは昔のように私に期待してくれないんだ。
あの失態がなければって何度も思う。
無かったら、私は今でも偽りなく笑えてたのかなって。
「そっか。お母さんは、それでも無理だって、言うんだね」
冷たく寂しく口から出た一言に、諦めが滲み出た。
「諦めないでください」
階段の上から、今まで聞いたことのない大きな声が響いた。
「ユズは中学受験で失敗したのかもしれないけど、どうしてもう一回って自分の意思でリベンジしようとするのを、また同じようになったらッて止めるんですか。おかしいです。間違ってます。失敗したから、悔しいからって、またチャレンジするのに、過去を理由にしてできないっていうのは間違ってます」
ゆうやの言葉が胸に弾けた。
「お母さんが認めなかろうと、私は行くよ」
圧倒されている母親を前に立ち上がって、自分の部屋に戻った。
戸を閉じるとともに、安心感で、涙が溢れた。
ゆうやは泣き止むまでとことん慰めてくれた。
翌日、リビングの机の上に、保護者欄が訂正された志望校届が載っていた。
教科書に載っていた薬物乱用者の字のように震えた字。
「お母さん、あの後お姉ちゃんにごめんって伝えといてって言ってたよ」
「そっか」
莉桜も、私のために戦ってくれたのかな。
「私も応援してるからね」
謝ったからって、はい、おしまいってなるわけじゃない。
褒めてくれても、無邪気に喜んでくれた昔とは違って、深く考えるような思いに耽るような声で、元通りには戻らない。
無理なんだなって寂しさが募る。
学校で即、その志望校届を出した。
学校の先生的にはどう思うんだろう。
客観的に見て、難しいと思うのだろうか。
前の席から手渡されたチラシを後ろの人に送っていく。
「第13回中学生ゲームコンテスト」
チラシの右下に小さく書かれているコンテスト。
ピンク色の髪色の女の子が虹色の扉を開けて踏み出していくイラストが載っていて、惹かれた。
AIの使用もOKと書いてあって、ストーリー性重視とも書いている。
私たちが作ったゲームにぴったりの内容に、惹かれた。
ゆうやに、今度言ってみようかな。
ワクワクがまた一つと芽生えた。



