ユズが志望校を決めたという連絡がきてから1週間後、遊びの誘いを送った。

「真剣に勉強してなかったツケが、今になって回ってきた」

「国語、無理―」

 という勉強に対する愚痴が送られてくることが増え、少し息抜きもしてほしいということと自分がユズに会いたくなったから。

 ゆ「あのさ、夏休み空いてる日とかってある?」

 1時間近く変な感じにならないようにと悩み抜いて、辿り着いた導入文がこれ。

 もっと何かあるだろ、と思ってしまうけれど、攻めた感じに言って引かれたくもないし、無難な形に収まった。

 ユ「塾のない曜日はほぼ空いてるよ」

 ユズの返事に少しほっとする。

 断られるかもしれないという不安が少し和らいだ。

 ゆ「水曜と日曜だっけ?」

 ユ「そうそう」

 ゆ「嫌じゃなかったら、一緒に遊んだりとかどうかなって思って」

 勇気を振り絞って、打ち込んだ言葉。

 自分から遊びに誘ったことなんて皆無だし、誘われたことも仲間外れで駄目だよって、先生が言って仕方なく誘われたことがある程度。

 ユ「嫌なわけないじゃん」

 胸がじんわりと温かくなって、優しいなと身に染みて感じる。

 ユ「もちろん いいよ」

 ユ「来週の水曜日とかどう?」

 具体的な提案に少し驚きつつも、嬉しい。

 そういえば、最初に会う約束をつけた時にも、大方の予定をまとめたのはユズだったなと思い出す。

 ゆ「いいよ」

 ユ「どこ行きたいの?」

 少し考えこんで、ゲーム中に流れてきた映画の広告を思い出した。

 ゆ「ちょっと見たい映画が一本あって、それを見たい」

 ユ「了解 他には?」

 ゆ「ユズの行きたいところも入れてよ」

 俺はユズと楽しく過ごしたいだけだったから、平等にユズの行きたいところにも行ってみたいと思った。

 ゆ「ユズ、花火好きだって言ってたし、花火はどう?」

 ユ「いいね 花火大会見る?」

 真っ黒の夜空に光が飛び散って咲く花火は美しいんだろうな。

 だけど、人も多いんだろうな。

 同じ学校の生徒に遭う確率もあるし、それはちょっと避けたい。

 ゆ「花火大会はちょっときついかも」

 ゆ「家用の手持ち花火じゃ駄目?」

 ユ「あ。そっち? 全然いいよ」

 よかった。

 安心させてくれる言葉を知っているかのように、欲しい言葉をくれる。

 ユ「でも、どこでやるの?」

 ゆ「公園?やっていいんだっけ?」

 ユ「前にあったところは無理だったと思うけど、そこより少し遠い北里公園は確か行けたと思う」

 ゆ「ちょっと知らないところだけど、その日に教えて」

 ユ「もちろん」

 ユ「じゃあ、来週の水曜日に前の公園集合?で、映画見てから手持ち花火をその公園でってことでいい?」

 最後に今までの話をまとめてわかりやすく送る。

 全員が忘れたり、誤解を招いたりしないために、優等生として動いてきたことでついた癖なのだろうか。

 ゆ「うん」

 ユ「じゃあ またね」

 またねという言葉に心が少し跳ね上がり、その日への期待が増した。


 水曜日の朝、「ゲームで出会った人と会いに行く」とメモを残して家を出た。

 母は、パートの日で午前中は家にいない。

 帰ってきたら、多分、そのメモに驚くだろう。


 クロゼットの奥から引っ張り出した青く少し古びたリュックを背負って、母に買ってもらって1度も着ていない服を着て、待ち合わせ場所に向かった。

 朝だから、前に外に出た時よりも人通りが多く、緊張が走る。

 人の目がすべてこちらを睨んでいるように見えてきて、神経が縮こまる。

 公園に着いたときには、視界は地面が満たし、背骨がすっかり曲がって猫背になっていた。

「あ、ユズ」

 麦わら帽子の黒いリボンが軽やかに揺れて、淡い青のワンピースが夏風邪にそっと触れながらふわりと舞った。

「おはよう」

 俺に気付いて、駆けてきた。

「おはよう」

 彼女の笑顔に少し緊張がほぐれる。


「電車で北西市のショッピングモールでいいかな?」

 スマホを取り出して、画面を見せる。

 映画館もカフェも、フードコートもいろいろある施設みたいだ。

「うん」


 俺から話し出したさないから、気まずい空気が流れてしまう。

 ゲームの中なら抵抗なくできる会話が、話し出すことに躊躇してしまう。

「あの、見たいって言った映画これなんだけど、いいかな?」

「うーんと、これ。ゲーム系?」

「うん。でも、ゲーム知らなくても楽しめそうだし」

「うん。いいよ」

 無言で車窓を眺めて、映りゆく景色に流されていく。


「この次の駅ね」
 ユズがボーとしていた僕の肩を叩いた。

 ドアが開いて、スマホを触っている乗る人の前を通り過ぎていく。

「この道をまっすぐ行って、次の信号で曲がれば着くから」

 光が散らばっていて、人が埋め尽くすほど、いる。

 周りにいる全員が、自分よりも優れているように見えてきて怖い。

 みんな陽キャで、場違いな自分がいることを責められているような苦しさ。