父親はずっと単身赴任で、母親も日中は働きに出ていて、夏休み中は家に妹と自分しかいない。

莉桜は母に期待されているせいか、私よりも塾の日数が多く、また、夏休み期間中でも補修のために学校に行くことがあって、忙しい。

それでも、午後や塾のない日には勉強を教え合ったり、会話を交わしたりして、妹への嫌悪感は皆無とは言えないが少しずつなくなっていった。

莉桜は、文系で国語や社会が好き。

妹は時折、私に自分の好きな本や詩を見せてくれることがあった。

その言葉は耳にスッと入ってきて、とても柔らかく心地よかった。


家族の食卓で嫌でも耳に入ってくる妹への褒め言葉が前ほど、嫌じゃなくなった。

「ハアー。夏休みが終わるまでに志望校決めないとヤバいよな」

自分に言い聞かせるように、溜息をつく。

焦りと不安が胸の奥で渦巻く。

親に認められたくて、妹の系列校に行くのが嫌なら、前にゆうやが言っていた通り、その学校よりも上の行きたい学校にすればいいんだろうとは、思う。

だけど、そんなことをやってのける自信がないし、それが本当に自分の望む道なのか、分からない。

自分の親を見返したいという気持ちと中学のときは落ちたという事実の間で、心が揺れる。

誰かに背中を押してほしいという気持ちと、自分で決めなきゃという葛藤がせめぎ合う。

キツイだろうし、そこまでの熱意を持てる自信がない。

努力しても届かないかもしれないという恐れが、足をすくませる。

もし、また失敗したら、今度はどうなってしまうんだろうと考えると、怖くなってしまう。

だから、覚悟ができない。

その一歩を踏み出す勇気が、どうしても見つからない。

スマホを手に取って、志望校の口コミを検索してみるけど、余計に迷いが増すだけだった。


怖さや迷い、不安定な気持ちを抱えて電車に乗った。

どんな心境でも、後悔しないために塾には行っておきたい。

行っておけば頑張ったという安心剤になって、自分が時間を浪費しているわけじゃないと思えるから。

でも、本当は塾に行ったところで、真剣にやっていなければ浪費に変わりないということは分かってる。

電車を降りて、エレベーターに乗り、改札を通っていく。

駅の真横にある飲食店の2階の建物が、私が通う塾だ。

階段を上って、塾の扉を開けた。

「おはようございます」

どうしてもやさぐれた感じになってしまう。

こんなんじゃ、悟られるのは分かり切ってる。

私は悟られて、決められて楽になりたいのか。

マンツーマンの個別指導。

担当の先生は、1人の生徒に2人決まっていて、今日は大川先生が担当の日。

「じゃあ、今日の授業を始めようか。今日は、ユズの得意な数学だったね」

いつもの明るいテンションで始まり、自分は劣等感に陥ってしまう。

「はい。ここ宿題で、」

「お。満点。完璧ですね」

「ああ、はい」

いつもなら、少しは嬉しがる反応をするのに、どうしても冷たくなってしまう。

「どうかしましたか?」

多分、気づかれた。

いや、あからさまな態度を取っていたのは自分なのに、いったい何をしたいんだろう。

夜の自分は、本当の自分だと、思っていたけど、本当の自分って一体なんだ。

考えれば考えるほど、何が何なのかよく分からなくなって、虚無感が走る。

それでも、自分の迷いを口にしたくないと思ってしまう。

「大丈夫です」

誤魔化しきれないことくらい分かっているのに。

「そうですか。では、授業を始めましょうか」

先生の声が教室に響くが、その声はどこか遠く空虚に聞こえる。

こんな時でも、しっかりと考えて正答してしまう自分が嫌になる。

授業の時間はどんどん過ぎていき、「じゃあ、今日の授業は終わりだね」と言われ、私は荷物をまとめて席を立った。

「さようなら」

無造作に靴を履いて、声を出した。

「さようなら。ユズ、親がどうしようと、進みたいように進んでいいからね」

去り際に言われた一言が胸の奥に引っかかっている。


まだ、進むべき道は分からない。

進みたいのかどうなのか。

だけど、人のせいにして逃げたばかりじゃ、今のままだ。

親を見返したいだけで、そこに行きたいと思うのか、その本質をしっかり確かめてみなければ。


ユ「あのさ、一緒に学校見学いかない?妹の系列校ともう一つ気になってるところがあってその2校」

ユズの学校で夏休みが始まってから3日ほど経った頃、そう送られてきた。

ゆ「いいけど」

ゆ「俺、高校行くつもりないよ」

自分の将来についての漠然とした不安がよぎったが、それを隠すように冷静を装う。

ユ「ゆうやに見て欲しいっていうわけじゃなくて、一人で行くのが怖いから付き合ってほしいってこと」

不安がちなユズの言葉に驚きつつも、心が動かされる。

ゆ「人苦手だし、あんまり頼りにならないよ」

ユズならほかにたくさん友達もいるだろうし、わざわざ頼りにならなそうな俺を誘わなくてもいいんじゃないのか。

ユ「確かにそうだけど、親の事知ってる人、ゆうやしかいないし」

ゆ「頼りないことは認めるんだw」

冗談めかして返したが、内心では頼ってくれたことに嬉しさを感じる。

ユ「うん。人ごみの中では頼りなさそうw」

ユ「でも、見て回るのは私だし、ついてきてくれればいいからさ」

その言葉に少し楽になり、そのくらいならいいかなと思えた。

だけど、高校の見学会って、同じ中学の人が来る可能性もあるんだよなと考え直して、不安になる。

ゆ「いいけど。同じ学校の人って来る?」

ユ「さあ?どうだろ?」

ユ「いない方がいい感じ?」

そりゃ、不登校なのに来てるんだって、変な目で見られたらいやだし。

それに、ユズからも不登校と一緒にいるのを見られたら、変に思われたりするんじゃないのかなと、思う。

ゆ「まあ 俺のこと知らない人なら、いいんだけど」

ユ「クラスのグルチャで訊いてみようか?」

ゆ「俺の名前出さないでね」

目立ちたくないという気持ちが勝り、即座にそれを送った。

ユ「出さないよw」

5分後にグルチャの結果が送られてきて、少し安心した。

ユ「クラス内では、多分いないよ」

ゆ「それなら、行ってもいいよ」

自分の中で小さな決意が生まれ、明るい気持ちになる。

ユ「ありがと」

ユ「妹の系列校の北川東高校が明後日で、気になってる英知高校が金曜日ね」

ゆ「わかった」