塾のカバンを持って家を出た。

 風にあおられながら、自転車を漕いで、駅に到着。

 空がうっすらと暗くなり、嫌悪感が積もる。

 ホームでは、自販機の赤い炎がほのかに揺れていて、電車がゆっくりとホームに滑り込んでいく。

 緑のラインが書かれた車体が目の前に止まり、ドアが音もなく開く。

 軽く足を踏み入れて、ドアの近くの座席に座り、スマホを取り出した。

 ゲームのアプリをタップして、ゆうやのチャットを開いた。

 ユ「今電車で塾に移動中」

 ゆ「遠いとこにあるの?」

 ユ「そこまでじゃないよ 二駅先」

 ゆ「そっか 4時間も塾大変だね」

 ユ「授業3時間で自習も少しするからね」

 ゆ「体調崩したりしない?」

 ユ「家も居心地悪いし、小学のときより少ないから大丈夫だよ」

 ゆ「そっか なら、いいけど」

 一瞬の間が開いて、言葉が綴られた。

 画面を見つめる間、少しだけ不安が胸をよぎる。

 ゆ「ユズはさ、俺が不審者だったらって、恐怖心はないの?」

 恐怖心か。

 そういう悪だと決まっている物に対しての怖いっていう感情は、あまり湧かない。

 ユ「有り得なくはないけど、わざわざ、なりすますんだったら、不登校になりすましたりしないでしょ」

 ゆ「確かに」

 ユ「それにさ、もし不審者だったらそれはそれでいいかなって」

 何かされてもそういう運命だったんだろうなって、抵抗するほどの希望もないし。

 ユ「別に死にたくないって強く思うほど、未来に希望はないし、運命に抗ってまで生きるほどの活力はないから」

 ゆ「そっか」

 ゆ「おれもまあ、ユズが不審者とは思わないけど、それならそれでいいかなって思う」

 ゆ「生きがいとかもないし、死ぬなら死ぬでもいいかなって」

 ユ「実際、そんなもんだよね」

 ゆ「うん 実際に死にたくないなんて強く思ってる人、そういないよね」

 ユ「そうだね 余命ものの映画とか見たら泣いたりするのに、どうしてなんだろうね」

 風が私に柔らかく息を吹きかけた。

 ユ「駅に近づいたから落ちるね」

 ゆ「うん また」

 パソコンでゲームをやっているということを思いだして、打ち込む。

 ユ「スマホ、持ってきてね」

 ゆ「分かった」

 電車が止まり、次々と降りていく。

 降りていく人々を見つめながら、どこか自分が解けていくような感覚を覚えた。


 駅のホームに足を踏み入れると、夜の空気がひんやりと包み込む。

 月明かりがわずかに線路を照らし、電車のヘッドライトが遠くから暗闇を切り裂く。

 乗り込んだ車内は、行きよりも静かで疲れた表情をした乗客が座っていた。

 最寄り駅に到着すると、プラットフォームの静寂が耳に染みた。

 改札を抜けて、待ち合わせ場所の公園に向かう。

「ちゃんと、来てるかな」

 人がたくさんいるのは怖いって言ってたし、怖気づいてないといいけど。

 街灯の数が減り、夜の静けさが一段と深くなる。

「温かい」

 気温的には寒いくらい。

 だけど、夜は心がほっこりして、温かい。

 公園に足を踏み入れると、ベンチ付近に立つ彼の姿が見えた。

「やっほ」

 後ろから勢いよく声をかけた。

「ビビった」

 肩を震わせて、驚くゆうやに小さく笑いが漏れる。

「ビビりさんだね」

 この夜の静けさと冷たさが私の心を温めてくれる、そんな不思議な感覚。




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