放課後になり、今日も学園祭の準備の関係で、木崎くんのクラスに向かう。
前はあれほど緊張していたのに、もう慣れたものだ。…人間ってすごい。


「心ちん~!」
「ツカサくん、木崎くんは?」
「…あ、いない、ね。帰ってないはずだけど、どこ行ったんだろ」


ぐるっと教室内を見渡しても木崎くんはいなかった。
こんな事は、珍しい。

ツカサくんと少し話をしていても木崎くんの姿は見えなくて、先に私は教室に戻って作業をしている事にした。

ツカサくんに伝言をお願いして、木崎くんの教室を出る。
……あ、そういえば先生に呼ばれてたんだっけ。
先に教務室に行ってこよう…


生徒がほとんどいなくなった校舎は、日中とは違って随分と静かだ。
廊下の窓の外から見える運動部を見て、拓くんいるかな、と無意識に探してしまう。
今日は、後夜祭の準備がいいところ終わるといいなあ。

ふと、視線の少し先に、見覚えのある背格好があった。
長い脚に、絶妙な緩さで履かれているダークグレーのチェックの制服が見えて、髪型も髪色も、全て木崎くんのものだった。
いつの間にか、背格好だけで彼のことが分かるようになったことに驚く。

木崎くんの向かいに、近い距離でいるのは、前に一度だけ木崎くんと一緒にいるのを目撃したことのある綺麗な先輩だった。

心臓の鼓動が、徐々に早くなる。
同時に、何かに締め付けられるみたいに、胸が窮屈になった。
二人が何を話しているのかは分からない。
ただ、先輩に向ける木崎くんの視線は、私に向けるそれとは全く違うように見えた。

心臓の鼓動が落ち着いてきて、頭の中に冷たい風が吹き抜けた気がした。
横顔しか見えなかったけど、でも、一瞬にして二人の関係が分かってしまったのだ。
付き合ってないとは言っていたけど、きっと木崎くんは彼女のことが好きだ。

私のことを良く言ってくれていたのは、嘘ではないんだろう。木崎くんは嘘をついたりする人じゃないことは分かったつもりだ。
でも、彼女は特別な存在なんじゃないかな。

たった数週間かも知れないけど、彼女を見る木崎くんは、私は見た事のない表情をしていたのだ。

気づけば、教務室に行く事なんかすっかり忘れていて、足早に自分の教室に向かっていた。
木崎くんが優しいのは、私を含めて誰に対しても、だと思っていた。でも違った。
特別優しくしている人がいたのだ。

彼の優しさや気持ちを、独り占めできるその人を、心底羨ましいと思ってしまった。

やっと、気付いた。
私にとって、木崎くんは特別な存在になっていた。