放課後になり、未だに木崎くんに渡せていないプリントを見ては溜息をつく。


「あ、まだそれ渡してねーの?」
「…う、うんっ…お昼休み、木崎くんいなかったから…」
「そっか。今ならいるんじゃない?行ってこいよ、俺ら待ってるから」
「……う、うん…」


ただ、プリントを渡すだけ。
30秒くらいで終わってしまうような用件なのに、なんでこんなに渋っているんだろう…
ユキくんも美亜も待たせてる訳だし、早く行って、渡して、すぐ戻ってこよう。

それでもやっぱり、いつもより心臓の鼓動が早くなる。
やっぱりおかしい、私…
そして、木崎くんの教室に向かう階段で、心の準備が出来ていないまま彼の姿を見つけてしまった。


「…あ、ごめん。今、行こうと思ってた」
「う、ううんっ…!大丈夫っ…」


徐々に近づいてくる木崎くんは、今日も胸元のネクタイを緩く結んでいて、焦げ茶色の髪の毛は無造作だけど、それすらサマになっていた。
すっと高く通った鼻筋とか、細く伸びた眉のすぐ下にある瞳とか、やけに綺麗で透き通るような肌とか、その全てが整っていて思わず見入ってしまう。

木崎くんが目の前に来た時には、心臓の鼓動がピークに達していて、この振動が伝わっちゃうんじゃないかって心配になった。

彼がきちんと受け取ったのかも確認せずに、即、手を離してしまったせいか上手に行き届かず、プリントがお互いの手からスルリと落ちた。


「…あっ、ごめ…」
「ん、大丈夫」


反射的に、お互いしゃがんでプリントを取ろうとした時、背が高くて普段は目線の違う木崎くんとバッチリ目が合ってしまった。
これまで出会ったことのない整った顔が、すぐ目の前にある。

思わず、すぐに手を引っ込めて、視線を床にずらした。


「なんで避けんの?」
「…っ…!」


手首のあたりを、木崎くんの少し冷たい手に掴まれた。
冷たいけど私よりも大きな手が、突然だけど壊れ物に触れるみたいに優しく掴んだのだ。


「…さ、避けて、ないよっ…」
「避けてる。いつも」


彼の瞳が不安そうに私の顔色を伺うのが分かって、胸がキュッと痛くなった。
…そんな表情、するんだ。
勝手に、木崎くんはいつでも自分に自信があって、不安や弱気になったりしないんだと思っていた。


「…あ、の…、自分でも良く分からなくて…」
「ん?」
「き、木崎くんがあんな事言うからっ…」


そうだ。
あんな事言われなければ、私はきっと木崎くんに対して今まで通りだったはずだ。
格好良いなとは思うだろうし、初対面だからすぐには打ち解けられないと思うけど、それでも多分こんなに戸惑わないはずなのだ。