あの日から、一週間が経った。
あれから一度も心と一緒に帰っていないし、会ってもいない。まだ、かろうじて連絡は返してくれるからホッとしてるくらいのレベルだ。
そのうち、返事をくれなくなるのも、時間の問題だろう。幸せボケし過ぎていた。そもそも心は、俺からしたら手の届かない存在だったのだ。

生徒玄関で靴を履き替えていたら、前に会ったことのある女の子に声を掛けられたが、何と返事をしたのか覚えていない。
玄関を出ると、運動部の規則的な掛け声が聞こえる。


「木崎くんっ!」
どこからか、ずっと聞きたかった声が耳の奥まで届いた。そんなに大きな声でもないのに、脳が揺らされるくらいの衝撃だった。
振り返ると、そこには彼女の姿は無くて、また一気に底に突き落とされる気分だった。ついに、幻聴まで聞こえるようになったか、と笑えてくる。


「待って…!」
諦めて歩き出したところで、声がしたほうに視線を向けると、今度はやっと会いたくて仕方なかった姿を見つけられた。
教室の窓から、靡く髪が綺麗だ。やっぱり好きだ。このまま、終われない。


「ちょっと、待って!すぐ、行くから…!」


頷いたら、その姿はすぐ見えなくなった。生徒玄関まで引き返すと、向こう側から走ってくる心の姿が見えて、胸がキュッとした。

久しぶりに、並んで歩く帰り道に、ありえねえくらい心臓が脈打つ。ただ、横に心がいるってだけなのに、なんだこれ。


「一緒に帰るの、…久しぶりだね…」
「ん」

心が言おうとしてる事は分かっている。心が隣にいるのに嬉しくないのは、これからどん底に突き落とされるって分かっているからだ。


「あの、……木崎くん」
不意に立ち止まった心に気付いて、重い足を止める。


「…あの、ね…」
「待って」
こんなセリフ、一生のうちで絶対言わねえって思ってたのに。今は、最後の望みを託したい。

「心が、俺のこと軽蔑すんのも、当たり前だし正しいと思う。嫌われて当たり前だと思ってんだけど、でも俺は心しか考えられない」
「……木崎、くん…?」
「付き合ってから、もっと好きになって、どうしても心と一緒にいたい。心が嫌な事は絶対しねえから」
「………絶対?」
「絶対。約束する」


格好悪くても、必死でも、何でもいいから心だけは手放せない。


「……ふふ。木崎くん、誤解してる」
「ん?」
「私、木崎くんのこと嫌いになってないよ…? 」


目の前の心が、優しく微笑んで、遠慮がちに俺の手に触れる。


「この間はね、覚悟してたのに…、その、思ってたよりも今までの木崎くんのこと、私は全然知らなくて……」
「うん」
「私よりも、木崎くんのこと知ってる人がいっぱいいる、って思ったら……あの、…悲しくて…嫌、で…」
「ごめん、心」
「ううんっ…!今までの事は、木崎くんの自由、だから……全然いいの。…でも、これからは、…私が誰よりも木崎くんのこと知っていたい、って思ってて……」


俯いて、必死に言葉を紡ぐ心が、照れているようにも見えて愛しさがこみ上げる。今すぐにでも抱き締めたいけど、ここは外だって事が歯痒い。代わりに、心の手をギュッと強く握る。


「私は、木崎くんに釣り合わないって良く分かってるし……、どこが好き、って言われても、あんまり上手く言えないんだけど……でも、やっぱり…木崎くんが好き、です」


今までに無いほど、心臓がバクバクして落ち着かない。いつの間にか、どんどん膨れ上がる心への気持ちがいつか爆発するんじゃねえか、って怖くもなる。


「ありがとう」
「帰ろう…?唯人」


…ほら、まただ。
簡単に、ドキッとさせてくる。


「待って、心。今、なんて…?もう一回言って」
「……違うのっ…、一回、呼んでみただけでっ…」
「なにそれ。俺を弄ぶのやめて」
「そんなの、唯人に言われたくない…!」
「ん?誰に?」

名前を呼ばれるのが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。 こんなに、誰かに名前を呼ばれたい、って思うのも初めてだ。
これから、お互いを知っていければいい。
そしていつか全部、心のことを知りたい。