********


今日は、6限が体育だった。バスケは予想以上に盛り上がり、寒い季節なのに半袖が心地良い。運悪く号令の後に先生に捕まり、後片付けをして教室に戻った時にはもう割と時間が経ってしまっていた。
急いで心の教室に向かうと、待たせたのにも関わらず心はいつものように笑顔を向けてくれた。

寒い季節になったこともあり、最近は心がマンションに来てくれることも増えた。心とは話題が尽きなくて、いつも時間が経つのが早い。女の子と二人で家にいるなんて、やる事は一つだろうと思っていた今までとは全く違う過ごし方だ。
常々、心に触れたいとは勿論思っている。下心も、そりゃあある。男だ。でも、そんな事をしなくても充分に気持ちが満たされていたのだ。だから、焦って、事に及ぶことを今の俺は全く望んでいないし、それは心もそうしたいと思ってくれたらの話だ。


「…あ、あの…木崎くん」
「ん?」
「…今年の、文化祭の…後夜祭のとき…言ってくれたこと、覚えてる…?」
「うん。もう一回言おうか?」
「ううんっ…そうじゃなくて…!」
「はは。そんな拒否んなくても」


急に何だろう。
隣に座る心を見ても、その答えは予想もつかなくて、代わりに今日も可愛いなあと思った。


「…あの、聞きたいことがあって…。何でも聞いて、って言ってくれたから」
「うん。何でも」


チラチラと俺を見上げる心のほうに身体ごと向けて座り直す。心は前を向いたままで、上半身だけこちらに向けてくれた。


「今までの事…、教えて…?美月先輩のことも」
「………ん」
「木崎くんのこと、全部知りたい」


小さな声で、ゆっくりポツポツと紡がれた言葉に、また心臓をぐっと掴まれた。そんな事言われたら、俺だって全部欲しくなる。
頑丈に蓋をしたはずの下心が今にも溢れそうで、何とかそれを抑えようと、心の小さな頭を撫でた。そのまま腕を下ろして、心の手を握る。それから、全部話した。嫌われる覚悟で、全部。心には隠し事もしたくなかった。出来るなら、ずっと一緒にいたいと思っているからだ。


「ありがとう、話してくれて」
「…引いてねえ?」
「…引くというか…、私には分からない世界すぎて…やっぱり、住む世界が違うかも、って…」
「いや、一緒。俺が最低だっただけ。心のほうが、ずっと上だよ」


こんな話聞いたら軽蔑するだろう。引くに決まってるし、嫌われるのも仕方ない。こんな俺が心に触れるなんて、そんな資格ねえとも思う。


「…木崎くんからしたら、きっと、私は…たくさんいる女の子のうちの一人だよね…」
「…違う、心」


違う。心しか、見えてない。心は、他の誰とも違った。
あの時は、こんな風に後悔する日がくるなんて思っていなかった。目の前のことだけしか、自分のことだけしか考えていなかったのだ。
でも、こんなの都合の良い言い訳にしか聞こえないだろう。


「…だって、木崎くんは人気者だもん… 私だけ、見てくれるはずないのに…」


俯いて、制服のスカートの裾を握り締めてポツポツと言葉を紡ぐ心に、反論は山ほどあるのに何故か言葉に出来なかった。いくら、言葉で、「違う」「心だけ」と言っても、何の説得力もないことは分かっている。


「…そろそろ、帰るね」
「……ん。送る」



いつもは手を繋いで歩く道も、今日は心との間に大きな壁があるみたいだった。隣にいるのに、遠く感じる。
恋って、こんなに呆気なく終わんのかな。失恋って、こんなに寂しい気持ちになんのかな。
心のことは、もちろん好きだ。すげぇ好きだ。だけど、自分の気持ちだけじゃどうにもならないって、やっと気付いたのだ。 そして、心のことを振り向かせるくらいの器じゃないって、痛感した。