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-唯人side-


古典の解説をする、先生の特徴的な話し方をBGMに俺の頭のなかは全く別の事を考えていた。


『……まだ、木崎くんのこと、…その、名前で呼ぶ自信がなくて……』

『……あの先輩にも、そう言ったの…?』


この間の、心の話し方も表情も声のトーンも、全部鮮明に覚えている。感じていた心との距離感は、やっぱり思い過ごしなんかじゃなかった。確実に、距離がある。
今まで、良くも悪くも、近しい女の子とここまで距離を感じたことが無い。何が違う…?

心の気持ちは、嘘じゃないと思いたい。つか、そこが嘘だったらもう根底が崩れてしまうから、お互い好き合ってるってところは大前提として、だ。
なのに、なんで距離が縮まらないんだろう。好きなら、もっと知りたいのは当然だ。なんなら、触れたいし、二人でいたい。……心は?
まあ、男と女じゃ考えてることも違うのか…


「木崎くん。今の話、聞いてた?」


急に先生に指名されて、我に帰る。
流し聞きしていた情報をどうにか拾い集めて、この先生がきっとするであろう少し捻った質問を予想し答えると「さすがね」と返ってきた。

心の考えている事も、予想できたらいいのに。全く分からないのは、俺が心のことを知らないからなのだろうか。
…いや、そんなの分かるはずもねえか。自分以外の気持ちなんて、誰にも分からない。気になるなら、聞くしかない。
そんな日に限って、そういえば心は放課後仲の良い友達と遊びに行くと言っていた。明日、か。
心に会えないとなると余計に、授業が長く感じる。



授業が終わり、いつもなら一番気分の良い瞬間なのに今日はそうでもなかった。


「あれ、今日心ちんは?」
「友達と遊びに行くらしい」
「唯人がフラれるなんて珍し~!テンション上がる~」
「フラれてねえよ」
「いやいや、ガッつきすぎて心ちん引いてんじゃないの~?それで、その事でお友達に相談しにいくんだよ今日」


ツカサのくせに、妙に的を得ていて、胸にグサッとくる。悔しいが、反論の言葉が咄嗟に出てこなかった。


「え!?図星!?」
「……うっさ」
「心ちんを独り占めしたい気持ちは、よ~く分かるけどさ。理性が大事よ?唯人くん」
「何もしてねえし」
「…えええええ!?らしくねえじゃん!」

心は、大切にしなきゃいけねえと思うし、なにより大切にしたい。いつかは勿論、全部知りたいけどそれはまだまだ先のことだろう。

「そういや、美月先輩に会った?」
「いや。心と付き合ってからは会ってない」
「今日も何回か教室来てたし、昨日も唯人のこと探してたけど~?ちょうど唯人いなくてアレだったけど、てっきり連絡いってんのかと思ってた」
「いや」
「もしかしてまだ続いてんのかなーと思ってたけど、大丈夫そうですね、この感じ」


まじで心ちん泣かせるとかありえねえかんな、と隣でブツブツ言われながらも生徒玄関に向かう。いつもは横に心がいるのに、今日はツカサか。

あ、とツカサの呟く声に顔を上げると、美月先輩の姿が見えた。靴箱の前で立っているところを見ると、誰か待っているのか。
相変わらず美人だけど、見かけただけで心臓が高鳴るとか嬉しくなるのは、やっぱり心だけだと痛感する。


「美月先輩~、デートすかー?」
「あれ、唯人とツカサ二人で帰るなんて久しぶりじゃない?」
「そうなんすよー、久しぶりに俺と帰りたいって言うから仕方なく」
「それ、こっちのセリフな」
「ふふ。相変わらず仲良いね。ツカサごめん、私も唯人と帰りたい」
「どーぞどーぞ、いくらでも譲ります」
「ごめんね」


ツカサは俺の背中をどついた後、美月先輩に手を振ってそのまま帰っていった。
これはどういう状況だろう、と頭をフル回転させる。心を見つける前まで、美月先輩とは形式的には付き合っていなかったものの、ほぼ同等のことをしていた。ルックスが、どストライクだったし、他の女の子と一緒にいてもうるさくは言わずにいてくれたし、人間的にも好きだった。恋愛感情はなかったが、特に何も用事がなければ一緒に帰って買い物とか先輩の家にも行った。手も繋いだし、正直それ以上のこともしていた。
唯一、していない事と言えば、告白とウチのマンションには一度も入っていない事くらいだった。

心を好きになってからは、連絡をとることも会うことも格段に減った。たまに一緒に帰ることもあったが、買い物に付き合うくらいで、手を繋ぐこともそれ以上も全くしていない。
心に告白する前に、好きな人がいると話した。その時先輩は、そうなんだ、とだけ言ったのだ。