「心?そんな私達に隠さなくたっていいじゃないの」
「隠してないよ…?」
「待って待って。手繋いだだけ?それ以外は何もなし?」
「…う、うん…」
はあ、っと溜め息をつく二人に戸惑う。
だってまだ二ヶ月だし、大体私がそんな事出来るはずがない。特に、相手はあの木崎くんだ。
そんな事したら、心臓が止まってしまう…
「…木崎くんって、今までいろんな女の子と一緒にいたよね…?」
「うん、まあ、ね。でも今は心に一途じゃん」
「しかも木崎の隣にいるのって、みんな可愛い子ばっかりなんだよなあ」
ユキくんが発した言葉に、美亜がユキくんを睨んで肩をパシッと叩いた。
「…そう、だよね。その人達とは、きっともっと……仲良かったよね…」
「うん、明らかに心よりかはベタベタしてたよね。ベタベタってかイチャイチャか」
「見てるほうが恥ずかしくなるやつな。でも美男美女だったから、絵になるというか」
木崎くんのことを好きになる度に、そんな事ばかりが気になってどうしようも無くて、どんな態度をとったらいいのか分からなくなる。
前は、木崎くんといられるだけで満足だったのに、いつの間にか欲張りになっていたと気づいた。
「どんどん木崎くんのこと、好きになってるね」
「えっ…!?」
「だって、嫉妬してるよ心」
「完全にな」
ニヤニヤと私を見る二人に、急に恥ずかしくなって視線を逸らした。
今日の最後の授業は、生物室での授業だった。放課後になったら、木崎くんに会える。いつの間にか放課後が楽しみになっていて、毎日の楽しみをくれる木崎くんには感謝しかない。
生物室を出て教室に戻る途中、長い廊下の向こう側から、あの木崎くんとよく一緒にいた綺麗な先輩が歩いてくるのが見えた。
……美月先輩。
相変わらず、細くて長い脚が短いスカートから伸びている。
距離が詰まってくる度に、なぜか心臓の鼓動が早くなる。
先輩がちょうど私の横を通り過ぎた後、気付いたら美亜に謝ってから、振り返って呼び止めていた。
「…美月先輩っ…!」
振り返った先輩は、一瞬驚いた顔をしたけれどまたいつもの余裕のある大人の顔に戻って、「唯人のこと?」と聞いた。
先輩が呼ぶ、木崎くんの呼び方があまりにもしっくりし過ぎていて、胸に重りを付けられたみたいに気持ちが重くなった。
「……あ、の……」
「唯人の彼女、でしょう?この間、二人で帰ってるところ見ちゃった」
緩いウェーブがかった長い髪が揺れて、伏せられた長い睫毛が綺麗だった。
勝ち負けじゃないって分かってるのに、完敗した気分だ。
「こんな事になるなら、私から唯人に言えばよかった。付き合って、って」
「……あ、……」
「唯人の、どこが好き?」
「………え…?」
「私はすぐに答えられるし、いくつでも言える。今でも好きよ、唯人のこと」
大きな茶色い瞳から、一点の曇りもない、真っ直ぐな視線が向けられる。
思わず、目を逸らしたくなった。
「安心して。私と唯人は、付き合って無かったから」
「……」
「でも、気持ちは一緒だった。思い込みじゃなくて、本当に。特に付き合うってことに拘る必要ないかなって思ってたから、言わなかっただけ」
悲しいけど、それは疑う余地もない事実だって知っていた。
前に、この目で見たのだ。
二人の、あの雰囲気も、お互いの視線も。
「私は唯人のそばにいたいし、横を歩きたいと思ってる。だから、諦めるつもりもない、の」
美月先輩の言葉が、痛いくらいに身体中に染み渡った気がした。
比べるものじゃないって分かっているのに、どうしても比べてしまう。木崎くんへの気持ちも、お互いの信頼関係も、全部敵わない。
もどかしい思いを抱えたまま教室に戻ると、美亜がスマホをいじっていた。きっと私を待っていてくれたんだろう。
「おかえり~!さっき木崎くんが来てね、心は先生に呼ばれたことにしておいたよ。木崎くん、教室で待ってるってさ~」
「…あ、ありがとうっ…!ごめんね…」
「全然~。…ていうか心、大丈夫?」
「う、うんっ…」
「いきなり美月先輩に声掛けるからびっくりしたよ~。案外、度胸あんじゃん!見直した~」
頭を撫でてくれる美亜に、なんとか笑顔を見せる。度胸なんて、ちっともないのに。美月先輩のほうがよっぽど堂々としていた。
「木崎くん待ってるよ~!早く行きな」
「…うん、美亜ごめんね、待たせて」
「いーのいーの。またねん」
ヒラヒラと手を振って、教室を出て行く美亜の後ろ姿を見送り、私も教室を後にした。気持ちは、晴れないままだ。こんな自分が、心底嫌になる。
