マンションのエントランスを抜けて、すぐ開いたエレベーターの扉の中に入る。
エレベーターの中は、いつもの広さで、独特の匂いもいつも通りなのに隣に彼女がいるだけで、いつもと180度違うように思えた。
思えば、彼女と、二人きりの空間が初めてだった。
今までは学校とか、帰り道とか、そういう場所でしか一緒にいたことが無い。
だから、緊張する。だから、感情が抑えられるか不安になる。
エレベーターが、部屋のあるフロアで止まる。少し俯いて、どうしたらよいか分からない様子の彼女の小さな手に優しく触れると、彼女は過剰に反応した。
「やっぱ、家送ろっか?」
怖気付いたわけじゃねえが、彼女の反応を見ていたら少し強引すぎたか…?と思い始めた。
勿論、俺は二人きりになりたいし、いろいろ話したい事に変わりはない。
「…ううんっ…」
首を横に振る彼女はやっぱり可愛くて、改めて好きだなあと思う。
「本当に?俺が勝手に、二人になりたくて連れてきただけだから無理しなくていいよ」
「……そ、そういう事言わないでっ…」
「はは。ごめん」
彼女の手を引いて、部屋の前まで辿り着いて鍵を開ける。
そういや、散らかってねえよな…?
……いや、大丈夫なはずだ。
「どーぞ」
「…お邪魔します…」
リビングでソワソワする彼女をソファーに座らせてから、制服のブレザーを脱いでネクタイをとる。
…落ち着け。己を鎮めるべく、長く息を吐いてから、リビングに向かい彼女の隣に座った。
「心」
「は、はいっ…」
「緊張しすぎ。楽にしてていーよ。俺しかいないから」
「…え?」
「親は仕事の都合で、ここには住んでないから俺一人。じゃなきゃ、いきなり連れてこない」
「………さ、寂しくないの…?」
思いがけない言葉を掛けられて、一瞬固まる。寂しい、なんて考えたことなかった。
強がってるわけでも何でもなくて、本当にそうなのだ。
「うん、全然」
「…そっか。木崎くんってやっぱり、大人だね」
大きな瞳の、目尻が少し下がって優しい笑顔を向けられる。
やっと、笑ってくれた。
これから、新たに知りたいことも、一緒に行きたい場所も、二人で経験したいことも、山ほどある。
でも今、とりあえず先に上がりたいステップは、周りから見たらとても低いのに、彼女はなかなか上がろうとしないのだ。
「まだ、“木崎くん”?」
「………あ…」
呼び方に拘るなんて、器が小さいかもしれねえが、呼ばれたいのだ。
心から、名前で。
