無事、先生に鍵を渡して、また中庭を通って木崎くんがいるであろう場所へ戻る。
さっき脱いだ靴を履いて、中庭を通り抜ける。途中、立ち止まって、心臓に手を当てると信じられないほど大きく鳴っていた。

深呼吸、深呼吸…
大きな深呼吸を二回した後に、上を見上げると綺麗な星空が見えた。


「……いた」


木崎くんの声がして、慌てて前を向くと、少し息の上がった彼がいた。

「いきなりいなくなったから、焦った」
「ご、ごめんっ…」

慌ててカーディガンを脱いで、木崎くんに手渡す。
脱いだ瞬間に、冷たい夜風が肌に当たって体が震えた。

「…き、木崎くん…」
「ん?」
「あ、の…ちゃんと話してなかったから…、」
「うん」
「…今、少しだけ…話しても、いい…?」

さっき落ち着いたはずの心臓は、もう元に戻っていた。
でも、話し始めたら、もうそれすらも気にならない。

「まだ着てて。寒いよ?」
私の体の震えに気付いたらしい木崎くんは、またカーディガンを差し出す。

「俺も、話したいことがある」

夜空に照らされて、木崎くんの綺麗な鼻筋がよく見えた。

「今日、昼間に嫌な態度とってごめん」
「……あ、ううんっ…全然!…気にしてないから、大丈夫だよ」

焦って、思ってもいないことを言ってしまった。本当はあんなに気にしてたくせに。嘘をついたら、何の意味もない。
美亜達と、ちゃんと伝えるって約束したのに。

「…あ、嘘、です…本当は、木崎くん…怒ってるんじゃないかって、すごい気にしてた…」
「怒る?」
「…あの、最近私、木崎くんの前でどうしたらいいのか分からなくて…いろいろ不自然だっただろうなと思って…」
「あぁ、うん、確かに不自然だったかも」
「…そう、だよね…ごめん、嫌な思いさせちゃったよね」
「いや、それはないけど」

すぐに否定した木崎くんに、驚く。
その事で、怒っていたわけではない…?

「やっぱ付き合ってんの?」
「……え…?」
「“ユキくん”」

ゆ、ユキくん…?
まさか、ユキくんの予想が当たってた…?

「ううん、ユキくんは仲良くしてもらってる友達で…」
「友達で手繋ぐの?」
「…あ、あれは手を繋ぐというか、…あの私がフラフラしてるから、誘導…?みたいな意味で…」
「そんなの、口実だろ」

強い口調で、食い気味に聞いてくる木崎くんも、今までに見た事が無かった。

「さっきの後夜祭の時も見てたし」
「……み、見てた、けど…でも、そういうのじゃなくて…」
「気になるんじゃないの?」
「…ううん、ならないよ」

だって、私が好きなのは木崎くんだ。
何をしているのか気になるのも、仲良くしている人に嫉妬してしまうのも、全部木崎くんだからだ。

「俺は、実行委員になったのも、もしかしたら飯塚さんもいるかも、と思ったからで、しかも一緒にいれる時間が増えて、すげー嬉しかった」

夜風が吹いたけど、木崎くんのカーディガンのおかげで温かい。
木崎くんの言葉に、思わずカーディガンの裾をギュッと掴んだ。

「どうしたらいいかわかんねえくらい、好き。どうしたら、俺に興味もってくれる?」

私よりも随分背の高い彼は少し緊張したような真剣な顔で私を見つめた。
緊張してても顔が強張ってても、やっぱりどんな場面でも格好良い。

ドキドキしすぎて、胸が痛い。
もうとっくに、木崎くんが好きだよ。


「……あ、の…」
「ん?」
「……私、知ってるよ……?」


これ以上ない程ドキドキしながらも、案外冷静に美月先輩のことを思い出せた自分を褒めてあげたい。


「ん…、なに?」
「……あの、綺麗な先輩…、木崎くんの特別な人でしょ…?」
「……あぁ、……うん、まあ今までお世話になった人だけど、でも特別な感情はねえかなあ」
「…ええ!?」
「え、そんな驚く?」


私の異常な驚きっぷりに、木崎くんは笑った。
彼は笑うと、キリッとした顔が優しく緩む。
木崎くんと関わるようになってから知った、彼の好きなところだ。


「……特別な感情ないのに、あんな顔するの…?」


まるでその人のことを全部分かっていて、見透かすような、包容力のある穏やかな表情だった。
あの日の木崎くんは確かに、そんな顔をしていた。


「どんな顔?」
「……えっと、…私の見たことない顔、してた」


私の言葉に、木崎くんはまさに”目を丸くする”って表現が相応しい表情をした。