ー翌日

また瞼が重かった。

仕方ない、
昨日もあれだけ泣いたのだから。

そう思いながらスマホを確認すると、
昨日橘から何度も着信があったことに気付いた。

「ボディガード外れる件聞いた。
話したい」というメッセージも届いていた。

ー今橘と話したくない。

正直なにも言われないと思わなかったわけではないが、
彼女がいるし、すんなり受け入れてくれると思っていた。

ーもしかすると最後に挨拶したいだけかも。
あと私が最近変だったから、心配しているのかも。

本当はお見合いすることを話して、
心配はかけず、今までの感謝を伝えて円満に
別れを告げるのが良いことはわかっていた。

でも、まだ出来ない。

私はとりあえず目を冷やし、
スマホの電源を消して、また目をつぶった。


しばらく経ち、瞼の腫れも引いてきたことがわかったため、
出掛けることにした。

失恋といえばやっぱり髪をバッサリ切ることかな。

今まで童顔なのがコンプレックスで、
とにかく髪を長くして少しでも歳相応に見られる努力をしていた。

でも、髪と一緒に思いも切りたい。

私はそう決めて、
スマホの電源をつけた。

橘からは今日も何度も着信があったようだったが、私はまだ折り返し出来ず、
美容院の予約だけ取って、外に出た。


美容院に入り、
いつもの担当の人に「バッサリ切りたい」ことを伝えた。

「今までショートの方が良いと思ってたんだ。良かったらパーマもかけない?
百合子さんの柔らかい雰囲気と合うと思うよ」

ーやっぱり私は綺麗系は似合わないんだろうな。

そんなことを再確認しながら、私はパーマもかけることにした。

「完成!やっぱりこっちの方が似合う」

鏡に映った自分を見ると、
私自身、今の方が似合っていると思った。

ー橘も「似合ってない」って言ったのは、
特に深い意味はなかったんだろう。

私にとっては橘の好みではないという特別な意味を持っていたけど。

橘の言う通り、
この前の格好は世間的にも似合ってなかったことがわかり、
髪をバッサリ切ったこともあり、スッキリした。

私は家に帰り、
やっと橘に電話をした。

「もしもし、やっと電話繋がった」

そう焦ったように、そして苛立ったような声の橘が出た。

「ごめんね、どうしたの?」

「どうしたの、じゃない。
なんでいきなりボディガードを変えて欲しいと言ったんだ?」

ーこんな怒られるように言われるとは思わなかった。

でもただ理由が知りたいだけで、
なかなか電話にでなかった自分に腹が立っているだけだろう。

「実はお見合いをすることにしたの。」

「は?」

「それで橘にお見合い送り迎えしてもらいたくなくて」

「俺はお見合いなんて聞いてない」

「先週決まったばかりだったから…」

理由を聞いたらすぐ納得すると思っていた。

なんで責めるような口調なんだろう。

おそらくボディガードを辞めて、
管理職になればお給料も上がるはずなのに…

「社長にお見合いするよう言われたのか?」

「違うわ自分の意思よ」

「なんで急に…」

「橘への気持ちを諦めるためだよ」

橘が息を呑んだのがわかった。
もうとっくに諦めていると思っていたのかもしれない。

何も言わない橘に、
「今までありがとう。元気でいてね」と告げた。

本当はもっと伝えたいことはあったが、
また思いが溢れだしてしまいそうだったから、
必要最低限の言葉だけ伝えた。

そろそろ切ろうかな…そう思って声をかけようとした。

「俺はボディガード辞める気はない」

いきなり橘がそう言ってきて、心底驚いた。
そう言われることは想定していなかった。

「え、さっきの私の言葉聞いていた?」

「聞いていた。ただ私が辞めたくないと言ったら簡単に解雇できないはずだ」

「なんで辞めたくないって言うの…?」

「俺は…百合子のお見合いを見届ける権利がある」

ーどういうこと?
今まで一応ボディガードとして守っていたから、きちんとした人と結婚できるまで見届けたいってこと?

私が結婚したら離れるってことなのかな。

確かに橘が辞めたくないと言ったら、
辞めさせることは難しい。

お見合いが決まればボディガードを辞めるんだろう。

「わかった。じゃあ、お見合いが終わるまでだね」

「…ああ」


橘はまだイラついて怒っているような声に聞こえたが、とりあえず電話を切った。


まさかこのような状況になるとは思わなかった。

明日からまた、橘と会うのか…

複雑な気分で眠りについた。