下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜



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【戴冠式まで、あと10日】


 二日後、ニコラはシンシア・グローリーが手がけた刺繍を見るため、用意してもらった馬車でカーチス家を訪れていた。黒い鉄の門、手入れの行き届いた庭と噴水、奥に佇むのは白亜の石造りの邸宅。外壁には繊細な彫刻が施され、時の流れを重ねながらも美しさを保っていた。王宮とは違った格式の高さと、代々の誇りが感じられた。

 案内された応接室でしばらく待っていると、一人の男性が現れた。白金の髪にサファイアブルーの瞳。左目に黒い眼帯をしている。装飾を控えたシンプルなスーツの色は黒で、中に着ているシャツも身につけているタイもブラックカラーではあったが重苦しさはなく、それぞれ異なる生地の合わせ方にセンスの良さが伺える。

(この人が、ルカ・エリクセン・カーチス……)

「は、初めまして。ニコラです」
「初めまして。私はルカ・エリクセン・カーチスです」

 緊張のせいで、ニコラの声は思わずわずかに裏返ってしまった。気まずい沈黙が数秒流れる。何か話題を、と焦って口を開く。

「ええと……最近は、怪盗ジェドの噂をよく耳にしますね」

 配膳に来てくれる仲良しのメイドから耳にしていた話題だ。最近の話題といえばこれくらいしか思いつかない。

「……ああ。あの三文芝居」

 ルカはぽつりと低く呟いたが、すぐにニコラの存在を思い出したのか、軽く咳払いをして話題を変えた。

「本日はシンシア・グローリーの刺繍をご覧になりたいとのこと。ご案内します」

 そう言って彼は歩き出した。ニコラは慌ててその後を追う。
 部屋を出て通路を歩くが人がいる気配が感じられない。こんなに広い屋敷なのにみんな出払っているのだろうか。いくつか角を曲がって広い階段を上がる。階段を上がった先に一枚の絵が飾ってあった。そこでニコラは足を止める。それに気づいてルカも歩みを止めて、ニコラの隣に立った。
 絵を見つめるニコラの隣に立ち、彼は言った。

「これは、貴方の祖母、ジーナの若き日の姿を描いた肖像画です」

 サファイアブルーの切れ長の瞳に形の良い唇。白金の髪は後ろで一つに結い上げている。ドレスは控えめながら洗練され、彼女の気品と優雅さを一層際立たせていた。

「すごく、綺麗……」
「ええ。とても美しい人でした」

 肖像画に見入っていたニコラが、ルカの視線を感じて彼を見ると目が合った。

「貴方は母親似ですね」
「え?」
「姉のシャルロットに、よく似ている」

 ────姉のシャルロット。

 シャルロットに似ている、と言われたのは祖母を入れて二人目だった。

(この人は、本当に私の叔父さんなんだ)

「……ルカさんは、おばあちゃんに似ている気がします」

 ニコラがそう言うとルカは少し微笑んだ気がした。
 視線を肖像画に戻して、彼は静かに語り出した。

「貴方の祖母ジーナの本当の名前は『ドロテア・グローリー』。結婚して『ドロテア・シンシア・カーチス』となり、その後……いろいろ環境が変わり、『シンシア・グローリー』と名乗って、お針子として社交界で名を馳せました。結婚前は王宮のメイドをしていたので、バルコイ王と出会ったのもその頃かと思われます」

 ニコラは、もう、シンシア・グローリーと祖母ジーナが同一人物である事を疑っていなかった。