下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜

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 オリビアはチェックリストを片手に、本番の会場を静かに巡回していた。給仕係の若いメイドたちには的確な指示を飛ばしながら、祝賀会当日の流れを一つずつ頭の中でシミュレートしていく。声を荒げることはないが、言葉の端々に鋭さがあり、作業するメイドたちに緊張が走っていた。

「グラスは一人あたり三種。水、ワイン、乾杯用。それぞれ用途が違います。数を間違えないように」

 次のテーブルに向かってオリビアは担当者に伝える。

「そこ、照明が当たらないから料理が映えないわ。配置を少し変えましょう」

 彼女は歩きながら、ワインを注ごうとしていたメイドの手元に目を止めた。

「ワインは注ぎ足しすぎないように。満たせば良いというものではありません」

 メイドたちの手がぎこちなく動いているのを見て、オリビアは小さく息をついた。

(準備もだけど、教育の時間も必要ね……)


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 窓際のテーブルに並んだ小瓶には、微細な粒子を含んだ粉や色の液体が並ぶ。ネフィリスはその一つを手に取り、慎重に筆先を浸した。

「祝賀会の衣装の色に合わせるなら……」

 試作のパネルに何度も色を試しながら、あらゆる条件を脳内で組み合わせ最適な色を見極めていく。

「会場の照明にも、星空の下でも映える色は、っと……」

 仕上がりは限りなく自然でありながら、光を受けた瞬間に品格が浮かび上がる……そんな理想の色合いを追求する。

「……国の顔になる殿下が、くすんで見えるわけにはいかないものね」

 ネフィリスは筆を置き、並んだ瓶に一瞥をくれたあと、口元を綻ばせた。



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 ライアンはニコラの近況報告も兼ねて、バスケットを返しに月星亭に訪れていた。奥の厨房からは甘く香ばしい匂いが漂っている。
 出されたお茶を一口飲んだところで、ケイトが少し照れくさそうに言った。

「あの!たくさん作りすぎちゃったんで、もしニコラが食べきれなかったら王宮の皆さんで食べてください」

 ケイトは急に不安そうな顔になって続けた。

「あ!でも、貴族の人の口に合わないかも……」
「大丈夫!ケイトちゃんのクッキー、とっても美味しいから!」

 ライアンは兎耳をぴょこんと揺らしながら、笑顔で力強く頷いた。

「……実は、パウンドケーキも作っちゃったんですけど……」
「わあ、ニコラちゃん絶対よろこぶよ!僕も今から渡すのが楽しみ!」
「よかった。あったかいうちに持っていってください。冷めても美味しいですけど、焼きたてが一番なので」
「う~ん、いい匂い!」
「つまみ食い、しないでくださいね」
「え!?し、しないよ!……多分」

 焼きたての香りに包まれて、ライアンは月星亭をあとにした。