* * *
翌日。
「わー!見て見てアベル!盗まれたマントが戻ってきたよー!」
「一体どういうことですか説明してください」
アベルは早口で言うや否や、ライアンの頬を思いっきりつねった。
「いててて!なんで!?」
ライアンが持っていたのは紛れもなく戴冠式のマントだ。アベルはそれを見た上で、あまりにも能天気なライアンの態度に苛立ちを覚え、さらに頬を強くつねってから、ようやく手を離した。
「で、それは何処にあったんですか?」
「朝起きたらね、ベッドの上に置いてあったんだ!」
頬をさすりながらライアンは答える。
「なるほど」
「うん!」
「そんな馬鹿な話がありますか。ちゃんと説明してください」
「いててててて!痛い!アベル、頬っぺた引っ張らないでよ!」
そんな二人の騒がしいやりとりを、後ろからネフィリスは「よかったわね~」と、優しく笑みを浮かべながら見守っていた。
ふと気がつくと、ニコラはふかふかのベッドの上に横たわっていた。見知らぬ天井、そしてやわらかなシーツの感触。白を基調とした客室には金の縁取りが施された家具が並び、窓からは柔らかな陽光が差し込んでいた。どうやら朝のようだ。壁にかけられた絵画も、手入れの行き届いた花瓶も、すべてが格式高い雰囲気を醸し出している。それが一度泊まったことのある王宮の客室であることを理解するのに時間はかからなかった。
目覚めて間も無く、やってきたのはアベルだった。彼からユリシーズの体調が安定していると聞き、安堵したのも束の間。
「昨日のことはライアンと殿下から聞きました。戴冠式まで時間がありません。貴方はすぐに作業に取りかかってください」
という言葉と共に、戴冠式用のマントが手渡された。
また、祝賀会用の衣装のために、シャルロットで見つけたシンシア・グローリーのデザイン画の中から一枚のデザイン画が選ばれ、あっという間に、生地・糸・裁縫道具……必要な物はすべて、用意された王宮の客室に運び込まれた。
急な展開に戸惑うニコラだったが、用意された生地を見て余計な感情は一気に吹き飛んだ。
しなやかで繊細な光沢の生地。触れるだけでしっとりと肌に馴染む。
高密度に織られたサテン地に近いが、明らかにそれとは異なる。おそらく絹をベースに、特殊な加工を施された特別な織物に違いなかった。
色は、光によって真っ白にも見えるほど淡いグリーン。
春、芽吹いたばかりの若葉の色だ。
「こんな生地が世の中にはあるんだ……」
そっと指先で撫でながら、ニコラは小さく呟いた。
この生地と出会えただけで、もう既にこの仕事の報酬をもらった気持ちになる。
(こんなことを言ったら、ケイトはきっと怒るだろうな)
そう思うと可笑しさがこみ上げてきて、一人くすっと笑った。
ものすごい体験をした後だが体の調子は悪くない。むしろ目の前に広がるこの眩しい仕事が、心と体を芯から目覚めさせてくれる。
ニコラは静かに目を閉じ、ユリシーズのことを思い出した。
彼が見ている世界に、短い時間だけどほんの少し触れることができた。
竜のハルヴァだったという秘密。
本来なら私のような平民が知るべきではないこと。
けれど、彼はそれを明かし、命がけで私を助けてくれた。
彼は、優しい人。
きっと、優しい王様になる。
────そんな彼のために、自分にできる最上の仕事をしよう。
ニコラは息を整えると、裁縫台の前に座る。
この日からニコラにとって、怒濤の日々が続いた。
【戴冠式まで、あと30日】
