夕焼けが店の屋根を茜色に染める頃。ルブゼスタン・ヴォルシス国のセントラル街と港町を繋ぐ、下町通りの一角に小さなお針子店があった。

 店の名前は『Charlotte―シャルロット―』。

 店内は温もりのある木造りで、夕暮れの陽射しが窓越しに差し込み、年季の入った木目にあたたかな陰影を落としている。入り口のそばにはお客さんとの雑談用の丸いテーブルに椅子が三脚。奥に据えられた大きな作業台の角は、長年の使い込みで丸くなり、小さな傷やチョークの跡がそこかしこに残っていた。台の上には布や型紙が広げられ、木製の糸巻きや裁ち鋏が並んでいる。棚にはボタンやレース、刺繍糸が丁寧に整理されていて、それぞれの引き出しに貼られたラベルには、几帳面な手書き文字が記されていた。部屋の隅には、使い込まれたトルソーが一体だけ、ぽつんと静かに佇んでいる。

 そこには、栗色の巻き髪を揺らしながら作業する、若きお針子ニコラ・オランジュと、その親友ケイト・トリーネがいた。

 ニコラは、淡い亜麻色のワンピースに生成りのエプロンという、下町らしい質素な装い。肩まで伸びた巻き毛の片側を、作業の邪魔にならないように丁寧に編み込んで留めている。陽の加減によって金にも緑にも見えるヘーゼルの瞳は、柔らかな表情とあいまって、森の木漏れ日のような優しい温もりを感じさせる。
 ニコラの指先は器用に針を走らせ、まるで布の上で踊っているかのように軽やかだった。向かいの作業台では、ケイトが肘をついてニコラを眺めながら、楽しそうにおしゃべりを続けている。ニコラは手を止めることなく、慣れた様子で相槌を返していた。いつもと変わらぬ、穏やかな時間が流れていた。

「ねえねえ、そんなに違うの?」
「全然違うよ。楽しみにしてて」

 先日、食堂兼酒場を営む家の一人娘・ケイトの依頼で、胸当てのないギャルソンエプロンを仕立てた。彼女の父親用かと思って作ったエプロンは、実はケイト本人が使うものだったようで、出来上がったものは明らかに丈が長すぎた。スカートの丈とのバランスが気になったニコラは、ケイトにお願いして、酒場の開店前にシャルロットに来てもらったのだ。ケイトは来て早々「何その前髪!」と、ニコラの切りすぎた前髪を笑った。

「すぐ直しちゃうから待っててね」
「うん、わかった。本当はさ、短いスカートの方が動きやすいからギャルソンエプロンよりもスカート切ってほしいくらいなんだけど、お父さんが許してくれなくって。『うちはお姉ちゃんがいる呑み屋じゃないんだぞ!』って怒るんだよ?ほんと大げさ!」

 ケイトが自分の父親の物真似をするのでニコラは思わず吹き出した。
 ニコラとケイトと子供の時からの友達だった。彼女は明るい性格で、話し上手。赤毛に水色の瞳を持つケイトは、その対照的な色味が人目を惹く美人だった。おとなしい性格のニコラとは真逆の性格だが、二人は気心の知れた親友だった。