下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜

「あたしはネフィリス。流れの化粧師よ。今回、紹介で来たんだけど聞いてるかしら?戴冠式と祝賀会の殿下のヘアメイクが出来るなんて、ほんと光栄!あたしって仕事運がいいのね~。気軽にネフィって呼んでね」

 と、次早に話すネフィリスの女口調にニコラは面食らう。これまでの人生で出会ったことのないタイプだ。彼はユリシーズの長身にも物怖じせず、自然な仕草で手を差し出す。ユリシーズもそれを当たり前のように受け取って握手を交わしていた。一国の王子に対してこのフレンドリーさは認められるのだろうか、と、アベルを窺うと眉間に皺が寄っていた。……認められるわけではないらしい。

「そこまでにしてください。ニコラさん、彼は貴方に用があるようだったのでついでに来てもらいました」

 と、アベルは説明した。

「あ、そうそう。早めにイメージを掴んでおきたくて衣装を見に来たんだけど」

 キョロキョロと辺りを見渡すネフィリスにアベルが言った。

「衣装はまだ出来ていません」
「あら、そうなの。それじゃデザイン画は?」
「デザイン画もありません」
「……ちょっと冗談でしょ?戴冠式まで、もうすぐじゃない」
「そうですね」
「そうですねってあなた」
「ぼ、僕が悪いんです!僕が怪盗に戴冠式のマントを盗まれたりしたから!」

 ライアンが声を張り上げたので、一同彼を見た。

「世界で名高き、怪盗ジェドがユーリの戴冠式のマントを盗んだんです~!!!!」

 ネフィリスの瞳が開く。ニコラも驚きで口が開いた。
 あの怪盗ジェドが戴冠式のマントを盗んだなら大事件だ。

「ライアン、気にすることはない」

 ユリシーズはライアンに慰めの言葉をかけた。

「いや、さすがに気にしてほしいです」

 と、アベル。

「ごめん!本当にごめんね、ユーリ!」
「だから殿下をつけなさいと……」
「ねえ、予告状はあったの?」 

 尋ねたのはネフィリスだった。

「そのようなものは届いていないですね」

 アベルが答える。
 向き返ってネフィリスがライアンに訊く。

「それ、本当に怪盗ジェドの仕業なのかしら?」

 ネフィリスが疑問に思うのも不思議ではなかった。なぜなら、怪盗ジェドは盗みに入る前に必ず予告状を出すのは誰もが知るところだったからだ。

「えーと、直接見たわけじゃないんだけど……」

 ライアンは事の顛末を説明した。アベルは一度聞いたので二回目となる。
 ライアンの説明を聞き終わってネフィリスが肩をすくめて言った。

「なーんか怪しいわね、その双子。しかも朝だったんでしょ?怪盗ジェドが盗みに入るのは決まって夜じゃないの」
「そう言えばそうですね」

 ニコラは相づちを打った。
 怪盗ジェドは世界に名を馳せる大怪盗で、怪盗ジェドが華麗に盗みを成功させると、翌日の新聞の売り上げは通常の何倍にも跳ね上がる。街では怪盗ジェドの噂で持ちきりだ。つい最近だと、ルブゼスタン・ヴォルシス国と山を隔てた、西のビュリジア・マルロー国に出没していた。ルブゼスタン・ヴォルシス国にはまだ一度も現れていない。