下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜


 採寸のために四人は別室に移動した。
 用意されたメジャーをニコラは腕いっぱいに伸ばしてみたものの

「届くか?」
「届かないでしょうね」
「ニコラちゃん、がんばって!」
「すみません、椅子か何か……」

 長身のユリシーズのサイズを小柄のニコラが測りきれるわけがなかった。
 すると、ライアンが「一番脚の長い椅子を探してくる!」と部屋を飛び出した。また何か問題を起こすのでは、と考えたアベルがライアンを追う。

(椅子…、椅子かぁ……)

 椅子に昇るとなると測りづらい。ライアンを待っている間、どうしたものかと考えてニコラは名案を思い付いた。

「あの、ユリシーズ殿下」
「なんだ?」
「大変恐れ多いのですが」
「いい。言ってみろ」
「横になってもらってもいいでしょうか?」
「……横?」
「そ、その、ユリシーズ殿下は大変身長が高いので、上手く採寸が出来ないんです。横になっていただけたら採寸も確実で、時間も早く済みます」
「これでいいか?」

 ユリシーズは迷うことなく床の上に仰向けになった。彼の長い漆黒の髪が床に散らばる。
 その姿を見て、自分は本当に恐れ多いことをしている自覚が急にニコラを襲う。こんな場面、アベルに見られたら自分は死刑になるのではないだろうか。
 躊躇しているニコラを見たユリシーズは言った。

「いいから早くとってしまえ」
「は、はい!」

 ユリシーズにそう言われてニコラは採寸を始めた。
 肩幅、腕の長さ、手首周り……。作る衣装によってどの部分の採寸が必要になるかわからないので、とれるところは全てとっておく。
 暫くの間、メジャーと布の擦れる音が部屋に響いた。

「ユリシーズ殿下、終わりました」

 ニコラにそう言われ、ユリシーズは体を起こし、立ち上がった。
 採寸を終えたニコラが、メモをとった数字を確認している。ユリシーズはそれを覗き込んだ。メモに影が落ちたことでユリシーズが覗き込んでいることに気づいたニコラは、採寸した数字を説明する。

(こんな話、楽しくないだろうけど、そうでもしないと間が持たないよ……!)

 ニコラの気持ちに反して、ユリシーズは思いの外、熱心にニコラの説明を聞いていた。

 ちょうどその時、椅子を持ったライアンとアベルが戻って来た。アベルの後ろに見慣れない男性が続く。ルブゼスタン・ヴォルシス国では珍しい菫色の瞳。ゆるやかなウェーブの長い金髪を後ろで一つに束ね、舞台俳優のような整った顔立ちだった。
 彼の存在が気になりつつも、ニコラはアベルに採寸が終わったことを伝えた。

「とりあえず、とれるところは全て採寸したので、大体の衣装でしたらこれで対応できると思います」

 アベルはニコラから採寸した紙を受け取り、ざっと数字に目を通す。
 この短時間で……。不幸中の幸いか、もしかしたらライアンは良い拾い物をしたのかもしれない、とアベルは思った。

「えーと、貴方がお針子さんで、貴方がユリシーズ殿下?」

 ライアンとアベルと共に部屋に入ってきた金髪の男性が話しかける。