下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜

「だから殿下を付けなさいと何度言ったら」
「はーい、これからアベルの前では気をつけます」
「私がいなくても、です。ちゃんと聞いていますからね」
「アベルの地獄耳!」

 突然、ユリシーズが片膝をついて

「これでどうだ?」

 と、ニコラに訊いた。
 急に目線近くなる。ユリシーズに見つめられ、ニコラの心臓は跳ね上がった。

「だ、大丈夫です」

 ユリシーズは少しだけ口元に笑みを浮かべた。それでまたニコラの鼓動は速くなる。

「ユリシーズ殿下、そのようなことは……」
「まあまあ、いいじゃない」
「ライアン、貴方はそうやっていつも物事を単純に捉えて!」

 アベルとライアンが言い争いを始めると、その様子を横目で見たユリシーズがため息を漏らした。その様子にこの三人の関係性が垣間見えて、ニコラは小さく吹き出して笑った。
 きっとすごく仲のいい幼馴染みなんだろう。
 ニコラの笑い声に気まずい思いをしたアベルは咳払いをして話を続けた。

「戴冠式まで日がありません。すぐにでも作業に取りかかってもらいたいのです」

 ジーナおばあちゃんがシンシア・グローリーと言うことは、まだ信じられない。
 心の奥で「違う」と誰かが叫んでいる。
 けれど……家にデザイン画があるかないか、それでわかるはずだ。

「仕事の内容は、縫うだけでいいんですよね?」
「そうです」
「……わかりました。引き受けます」

 ニコラが承諾すると、ライアンが「やったぁ!」と声を上げた。

「頑張ろうね!ニコラちゃん!」
「頑張るのは貴方ではなくニコラさんです。貴方はこれ以上余計なことはしないように」
「余計なことって!?これでも僕なりにさ、ユーリの役に立ちたいと思って色々頑張ってるんだけど……」
「結果的に空回りになっていることが問題です」
「そ、そんな言い方ある!?ひどくない!?」
「いいでしょう。理解していないようなので今から一つずつ挙げましょうか?」
「ちょ、ちょっとアベル!顔は笑ってるのに目が笑ってない!怖い!!」
「まず一つ、私の指示以外の行動をしないこと。二つ、勝手な解釈で行動しないこと。三つ、寄り道しないこと。四つ────」
「あ、あの!すみません、時間がないと聞いたので、さっそくですが、ユリシーズ殿下の服のサイズを書いたものなど、見せてもらってもいいですか?できたら正確で、詳細までわかる数字だと嬉しいんですけど……」

 ニコラが尋ねると、三人の動きが止まった。

「そうか」

 とユリシーズ。

「なるほど」

 とアベル。

「採寸しなくちゃね!」
 
 と、ライアンがニコラの肩に手を置いて言った。

「ええ!?私が採寸するんですか!?」
「だって他に出来る人いないし。こういうのって作る人が測った方がいいんじゃない?」
「それは、その、そうですが……で、でも、私がユリシーズ殿下の採寸を……?」
「よろしく頼む」

 ユリシーズにそう言われてニコラは軽く目眩を起こした。いくらニコラでも恐れ多いということは充分にわかったからだ。どんな行動が失礼に当たるのかも検討がつかない。

「大丈夫大丈夫、ほら、僕も手伝うからさ」
「貴方は何もしないでください」
「どうして!」
「見学くらいなら許可します」
「良かった!」

 アベルとライアンの会話を聞いていたユリシーズは「……それで良いのか?」と首を傾げた。