下町育ちのお針子は竜の王に愛される〜戴冠式と光の刺繍〜

 嘘。そんなの嘘。

「今回、情報を提供してくれた方によると、ご両親が事故で亡くなり、天涯孤独の身となった貴方を案じたシンシア・グローリーが、一緒に暮らす決断をした、と聞いています。彼女が貴族社会を去った後、彼女が手がけた全ての物に国宝級の価値が付き『伝説のお針子』と呼ばれるようになりました。彼女は、貴族としての裕福な暮らしも地位も名誉も……全て貴方のために捨てたんですよ」

 アベルの最後の言葉に、これまでのジーナおばあちゃんとの思い出が硝子が割れるように頭の中で飛び散った。飛び散った思い出の破片がいくつもニコラの心に突き刺さる。

 今までの暮らしが、嘘……?
 私が一緒に暮らしていたのは誰?

(あの人は、誰……?)

 急にジーナおばあちゃんの顔が、思い出せなくなった。

「アベル、問題は起きていないのではなかったのか?」

 その時、一人の男性が奥から現れた。少し低めのよく通る声だった。
 彼の姿を見てライアンは安堵の声を漏らす。

「なんだぁユーリか。びっくりした」
「こら、殿下をつけなさい。殿下を」
「でっ、殿下!?」

 驚くニコラにライアンは笑って言った。

「そう。彼がこの国の王子、ユリシーズ・バルコイ・ルブゼスタン・ヴォルシスだよ」

 ニコラは改めて男性を見る。
 この国の王子と呼ばれた彼は、長いローブのような前合わせの服を身にまとっていた。漆黒の長髪は一束だけを後ろで緩く結び、残りは背に流している。切れ長の漆黒の瞳は、ひとたび目が合えば視線を逸らせなくなるような魅力を携えていた。均整のとれた顔立ちと彼の纏う澄んだ空気は、人の世にあるものとは思えず、神がかった美しさと呼ぶにふさわしい。それ以上に圧倒されたのは背の高さだった。アベルやライアンと並ぶと、彼は頭一つ分以上高く、非現実的な存在感をより際立たせている。
 僕ら三人は幼馴染みなんだ、とライアンは補足した。

「この娘は?」
「今まさにユリシーズ殿下の戴冠式のマントの刺繍と、祝賀会の衣装の仕事を依頼しているお針子です。下町のお針子ですが、腕は確かです」
「そうか」

 ユリシーズがニコラを見つめる。背が低いニコラは、自然とユリシーズに見下ろされる形となる。身長差のせいか彼が纏う雰囲気のせいか、ものすごい威圧感があった。じっと見つめてくる彼からニコラも目が離せない。
 ふと、一瞬だけ彼の瞳が金色に光った気がした。
 蛇と対峙した時の感覚に襲われニコラの体が小さく震えた。

「すまない……。怖がらせるつもりはない」

 ニコラの震えに気づいたユリシーズは瞳を逸らした。

「あ、いえ、すみません……。ニコラ・オランジュです」
「ニコラちゃん、大丈夫だよ。ほら、ユーリって身長が高いでしょ?あと目が鋭くて怖いって言うか、ユーリと初めて会う人みんなそうだから」

 ライアンは笑って言った。