「それとマントの他に、戴冠式の後に行われる祝賀会の衣装もお願いします」
「しゅ、祝賀会?」
「はい。国内からは勿論、他国からの貴族も大勢出席する大規模の祝賀会です。まあ、下町で暮らしている貴方に祝賀会と言っても想像つかないでしょうが……」

 嫌みな言い方だった。
 確かに貴族の世界のことなんて何一つ知らない。下町で暮らしていて戴冠式や祝賀会なんて言葉、会話に出てこない。貴族の世界は、童話やおとぎ話の世界と一緒。そんな私が王子様の衣装を作る……?

(作れるわけない……!)

「ちょっとアベル。失礼だよ!こっちはお願いしてるんだよ!」
「お願い?そもそも戴冠式のマントも祝賀会の衣装も、貴方が『すごい人を見つけた!』と張り切って言うものだから任せたら偽の情報。それで私がとある筋からシンシア・グローリーの話を聞いて、貴方がどうしてもと言うから貴方に連れてくるよう言ったんです。私はシンシア・グローリーを、と言いました。下町のお針子風情に頼む予定は一切なかったんです」
「そんな言い方しなくても!」
「ライアンさん、いいんです!」

 ニコラは思わず止めに入った。

「でも」
「アベルさんが言ってることは、正しいです。だって私、貴族の人がいつもどんな服を着ているのかも知らないんです」
「ニコラちゃん……」

 俯いていたニコラだったが、アベルに向き直ってきっぱりと言った。

「アベルさんの言う通り、私は王子様の衣装なんて作れません」

 この言葉に、意外にも反したのはアベルだった。

「いいえ。それは違います」
「うん?アベル、どういうこと?」

 ライアンとニコラは、アベルの心理がさっぱり掴めず困惑の表情を浮かべる。

「ニコラさんは基本的に『縫うだけ』で大丈夫です。縫うことに関しては、オリビアのお墨付きのようなので」
「えっ?縫うだけって……?デザインはもう決まっているんですか?」
「いいえ、まだ決まっていません」

 ニコラはますます困惑した。ライアンも意味が全然わからないようだった。
 アベルは眼鏡を上げ直した。 

「祝賀会の衣装のデザイン画は、貴方の家にあるものから選びます」
「私の家、ですか?」

 予想外の言葉にニコラは驚きを隠せなかった。

「あの、私の店は女性のお客さんがほとんどで、あまり男の人のデザインはしたことがなくて……」
「貴方のデザイン画ではありません。私が言っているのは貴方の祖母、シンシア・グローリーのデザイン画のことです。今は亡きバルコイ王のために描きためたデザイン画が、貴方の家にあるはずです」

 ジーナおばあちゃんがシンシア・グローリー?
 王のために描いたデザイン画……?

 そんなわけない。この人は何を言っているんだろう。だって、ジーナおばあちゃんは貴族じゃないもの。

「あの、それは何かの間違いです。ジーナおばあちゃんは貴族では」
「いいえ。間違いなくシンシア・グローリーです」
「私のジーナおばあちゃんはジーナという名前で、シンシア・グローリーなんて名前では……」

 アベルは「何も聞かされてないのですね」と呆れたように言った。

「いいですか?ジーナと言う女性はいません。この世に存在するのはシンシア・グローリー。貴方のお祖母様の本当の名前はシンシア・グローリーなんです」