空気みたいだとあなたが仰ったので。~地味令嬢は我慢をやめることにした~

 お母様は、ティーカップが折れるほどの怒りを滲ませた夫を見据えながら、そう言った。お父様は静かに深呼吸し、再び私の方へと視線を向ける。

「つまり、エドワードくんは我が娘を侮辱した、ということだな」

 静かながらも重みのある言葉だった。

「……はい」

 私は小さく頷く。

「あいつ……!」

 それを聞いた瞬間、レオン兄様がひん曲がったフォークを左手でもさらに力を加え、ぐにゃりと曲げきってしまった。
 ころりとした金属の塊になってしまったフォークは、解せないとでも言いたげにテーブルに転がされている。

「よし、決闘だ!」

 レオン兄様はキッパリとそう言った。

「お兄様、落ち着いてくださいませ」

「これが落ち着いていられるか!」

 私がそう言ったらレオン兄様は拳を握りしめ、椅子を乱暴に引いて立ち上がる。
 その勢いに、侍女が小さく身を引いたのが見えた。
 怒ったお兄様はこわいのだ。普段は温厚で優しい分、それが怒りに変わると……あのフォークのような目に遭ってしまう。

「アイツ、そんなことを言っておきながら、今まで婚約者としてお前を利用していたんだぞ!? うちとのつながりがあるから信用してもらっているバークレー家の取引もあるはずで――」

「レオン、落ち着きなさいな」

 お母様の静かな声が、その言葉を遮った。
 その声は決して大きくはなかったが、それだけで食堂の空気が変わるほどの威厳がある。

「お前が怒る気持ちは分かるわ。でも、感情に任せて行動するのは得策ではありません」

「しかし、母上……!」

「あの家門にこれ以上関わるだけ時間の無駄ということでしょう」

 お母様は優雅にティーカップを傾け、静かに微笑んだ。

「むしろ、リリアナにとって良いことだったと考えるべきです」

「……良いことですか?」

 レオン兄様が不満げに眉をひそめる。

「ええ。だって、こんなにも早く『リリアナにはふさわしくない男』だったと分かったのですもの。もちろん我が家としても報復はいたしますけれど。結婚してからだと遅いでしょう? これまで騙されていたことは腹が立ちますが。ふふふ」

 不敵にほほえむお母様の言葉に、レオン兄様は何かを言いかけたが、結局押し黙った。
 代わりに、お父様が重く頷く。