博臣は出て行った。
開け放たれたガラス戸から風が侵入して敗れた小切手の残骸がひらりと宙を舞い、床に落ちる。
そうして私のひと夏はこの紙切れのようにあっけなく破れた。
博臣との短くて、でも楽しくて、情熱的だった夏が―――終わった。
私は都会に戻り、いつもの生活を取り戻した。相変わらず取り巻きたちを引き連れて、ただ夜遊びは止めた。意味のないものに思えた。
そしてふとした瞬間、それは前触れもなくやってくる。
博臣の笑った顔、怒った顔、でも私を抱くときのまなざしは―――とても切なくて、優しかった。あの瞳にずっと見つめられたいと思った。あの力強く、そして優しい腕にずっと抱きしめられたいと思った。
そして一年が過ぎ、夏がやってきた。この年は父に幽閉されることなく自ら別荘に足を運んだ。
バカな私。手放したのは私なのに、ここにこれば博臣に会えるかも―――なんて淡い期待をバッグに詰めて。
タクシーを降りると別荘の前に見知った顔があった。
それは一年前に見た―――
たった一瞬、私が愛したひと。
陽炎がその姿を浮かび上がらせている。でもそれは陽炎が作ったゆらめきではなく本人そのものだった。
「来ないでって言われたし、もう来ないとも言った」
博臣はバツが悪そうにほんの少し俯き、だけどそのぶっきらぼうな物言いは一年前のそれと何も変わっていない。
「でも…会いたかった。ただ―――
会いたかったんだ」
博臣は静かに言った。
「私も―――」
私たちは恋をした。それは陽炎のようにとりとめないものだったけれど、でもこの恋はホンモノでした。
*** Fin ***



