黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって

 さらは浜辺で目覚め、キシリアらと共にセレヴィアに落ち着いた。その続きからだ。

 「この後の展開はあなたがお城で出会ったわたしとは違うの。未来で起こる、あなたの体験していない過去の話になるから」

 「意味がわからない」

 王子は目を細めて首を微かに振った。「信じられない」と否定から入られるよりずっとマシだと思った。

 「そうよね。気づいて、わたしも混乱したもの」

 この二度目のトリップは落雷に遭って終わる。そこまでを話した。途中王子は言葉を挟まなかった。話す彼女を見ながら懸命に耳を傾けてくれた。

 「十八になる前に戦後の調印の為にセレヴィアに訪れた。確かに、その時婆やも伴った。青の洞窟は知っている。馬で駆けるコースだった。……でももちろん、そこで君に会った記憶はない」

 実際に王子も知るその青の洞窟で、彼はさらに二度目のプロポーズをした。父王に彼女を紹介したいと言ってくれていた。生気と希望に溢れたきれいな笑顔を浮かべて。

 あの瞬間はさらも嬉しかったのを覚えている。さらとして七歳の差を感じながら、彼にときめいた。

 目の前の二十歳の王子にその過去はない。

 「そこで君が僕に無事なことを知らせていたとしても、今の僕には関わりのないことなのか?」

 「そう。それらはここでわたしが殺された後に展開していくことなの。おかしいけど……」

 さらは一行からジジと護衛のスヌープを外した理由をここで明かした。

 彼らに殺害されてしまえば、また同じ時の道を辿るだろう。それがさらのループだと気づいた。

 (もしかしたら、その時は別な物語のヒロインに会えるのかも)

 「雷が落ちてわたしはその時代から消えた。……次に目が覚めたのは、さっきのセレヴィアのお城を立つ前のこと。そこで過去からあの場に戻ったのじゃなくて、未来から戻ったのだと気づいたの」

 王子は話を咀嚼するように黙った。沈黙の間にさらは彼の硬い表情を見つめた。

 十七歳の彼にはサラへの思いが溢れていた。彼女との再会に喜びに満ちて眼差しは熱いほどだった。

 今の彼はさらの荒唐無稽な話を飲み込めず、でもやり場に困り戸惑っている。

 さらは冷めた彼のお茶を入れ替え、自分にも注いだ。カップの小さなあぶくを見ながら呟く。

 「信じられないわよね……」

 「答えがそれしかないのなら、それが真実だ。いくら理性と相容れなくても。僕の認識している、君が死んだ過去の方が間違っていると思えばいい」

 同じことを十七歳の彼も口にしていた。彼は「過去の方に誤謬がある」と手紙にも書いた。その類似にさらの頬が緩んだ。

 「ただ、元から城にいたサラはどうなる? 彼女はどこから来たんだ? 君は浜辺で目覚めたとしか言わない。それだけじゃないはずだ。サラはダリアが拾ってきたんだ。記憶を失って不憫だから城に置いたと聞いた」

 王子はさらの説明の大きな矛盾を突いてきた。

 元より誤魔化すつもりはなかった。全て話そうと考えていた。一番受け入れ難い部分だろうから、後回しにしてしまった。

 (狡いと思われないといいけれど)

 「元からいたさらは……わたしは、外から来たの。こことは違う世界。ある時、どうしてだかこちらに紛れ込んでしまって…」

 電車でのトリップの詳細などは省き、そのさらが王子に伴われた先の邸でジジによって命を落とすまでを話した。

 そこからは先ほどの話と繋がる。さらの中にサラの記憶が流れ込み一つになった。

 彼はまた黙った。

 その沈黙にさらへの不信感がうかがえるようで、胸が騒いだ。

 彼女には長い沈黙の後だ。
 
 「その場所で、君はどんな風に暮らしていた? 家族もいるだろう」

 「わたしは両親を亡くしているの。きょうだいもいないから……。元いた世界では女性も仕事をする人が多いの。わたしも子供のお世話をする仕事をしていたわ。友人もいて、一人でもそれなりに楽しく暮らしていたの」
 
 「元の場所に戻れないのか?」

 「戻れるわ。こちらで死ねば帰れるの。だから、ここで殺された後に一度と雷に遭って死んだ後の二度帰っているの。でも、また迷い込んで来てしまって……」

 語尾が弱まったのは、今回こちらに来たのは意思が働いた気がしていたから。ここへ戻ることを望んでいた……?

 「サラの意識も記憶もある。でも、さらでもある。だから、純粋にあなたの姉やかと聞かれたら、返事に困るの。申し訳ないけれど……」

 「君はサラだ」

 迷いのない即座の断言だった。

 「でも時間も経った。……そう信じ切れる?」

 「サラそのものの体に彼女の記憶も意識もある。サラ以外の誰だと言う」

 「あなたの知らないもう一人の女の記憶も意識もあるの。二人が混じり合って、わたし」

 「知っている。蛇蝎を見るような目で僕を見ていたのが、その女だ。今、君はそんな目を向けてこない。なら、サラじゃないか」

 それがさらの中の不安も削いだ。
 
 「お茶をどうぞ」

 さらの声に王子は少しだけお茶を飲んだ。すぐにカップを置く。

 「君は僕を見下げているだろう。手荒な扱いをしてきた意識はある。従わせたくて……」

 「嫌われていても良かったの?」

 「女の気持ちは考えない」

 酷薄な答えに肌がぞわっと粟立つ気がした。王子の振る舞いはそれを裏付けてもいる。さらだけでなく、女性全般に対する蔑視だ。

 これからずっとそうなのかと恐れがよぎる。

 心情が表情に現れたはず。王子は彼女を見つめ、立ち上がった。前に跪き手を取る。

 「悪かった。自分を恥じている」

 額に押し当てた。
 
 「君には、君にだけは嫌われたくない」

 言葉に真味がある。心からの思いが伝わった。

 それで十分だった。彼から謝罪が欲しいのではない。

 (誤りに気づいてもらいたかっただけ)

 さらの彼へ残ったわだかまりは溶け、姉やとしての温かい心情がひたひたと満ちた。

 成長した彼にサラは会いたかった。自分の背を越し逞しく大人になった姿を思い描いていた。命に換えても惜しくない、守りたいと思ったリヴに。

 (その彼に会えた)

 「あなたを嫌いになれない」

 さらは自分も椅子から降りた。彼と目線を合わせる。

 「リヴのことを教えて。エイミ様はお元気?」

 その後は主に王子が邸後のことを話した。前のトリップで既に知っている事柄もあったが、彼から直接聞けることが嬉しい。

 ノックの音だ。王子の従者が晩餐を知らせにきた。長く話し込んでいた。

 階下に降りる。当たり前に王子は彼女を引き寄せ腰に腕を回した。

 食堂には人々が立ち王子の着座を待っていた。たくさんの燭台には火が灯され、銀器とグラスがその光にきらめいている。

 進み出たこの邸の主人が王子を促しながら、さらの身分を尋ねた。彼らにとって彼女は王子が連れてきた身元不詳の女だ。迎え入れるにしても情報が欲しいのはわかる。

 「サラは僕のまたいとこだ」

 「さようで。ご親族の令嬢でいらっしゃいましたか。王妃の……」

 主人が何か言葉を繋ぐのをよそに、王子はさらに口づけた。深くなる前で止めて、うろたえた彼女の頬を指の背で撫ぜた。

 「サラは僕の側に」

 王子の行為は歓迎を断って寝室で過ごした彼への邪推を補強するようなものだ。さらには非常に気まずい。変わらず冷めた表情の彼が恨めしくなる。

 「王宮に迎える人だ」

 その言葉で周囲の彼女を見る目が違った。遊びの相手ではないと明言したことになる。

 (先にそれを言ってくれれば、余計なことをせずに済んだのに)

 約束をもらったようなものだ。ひっそりぼやきながらも心が弾んだ。