黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって

 数日後、クリーヴァー王子滞在の下準備に王宮から人々が先着した。武官が数人の中に白髪混じりの年配の女性が混じっていた。

 ダリアが彼らを伴い内区にやって来た。広い客間で当主一家との顔合わせがあった。さらも客分としてその中に加わった。

 イアを抱いて座っていると信じられないものが目に映る。大きな動揺が走り、イアが何か話しかけたのも気づかなかった。

 「サラ」

 気を引こうと、イアが再度声をかける。遅れてさらは微笑みかけてぎごちなくやり過ごした。

 王宮からの人々の中にサラの婆やがいた。勲章を幾つも胸に付けた武官らが彼女には丁寧に接している。「アマリア夫人」と紹介した。

 「クリーヴァー王子のお食事はアマリア夫人が差配いたします」

 彼らが来たのは王子が城で快適に滞在できる為で、要求は命令に近い通達だった。貴族では当然の慣習らしく、女主人のバラも鷹揚に頷くだけだった。

 さらは婆やの視線を避けようがなかった。見合った目が互いに驚きに見開かれた。

 (婆やは気づいた)

 瞬時それを外す。

 しかし、その後何が話されたのか何も耳に残っていなかった。顔合わせが済み、さらはイアを抱いて逃げるように客間を出た。「アマリア夫人」と呼ばれる婆やも追っては来なかった。

 恐れていた晩餐は彼ら王宮組とは別になった。席では王宮の人々の話がでたが、さらは頷くだけでやり過ごした。

 翌日も婆やからは何もない。もしかしたら、彼女に似た誰かなだけでは? そんな楽観的な思いも浮かんだ。

 本物の婆やだとしても、サラは絶対に死亡している。さらを見ても死者のサラと同一視はしないはずだ。

 冷静になると婆やがさらを問い詰めようとしないのも納得だった。他人のそら似。これに尽きる。

 しかし王子は遠くなくやって来る。さらはキシリアと打ち合わせて、早々に学校に移ることにした。

 荷物もほとんどない。キシリアは馬車を使えと言ってくれたが、それは大袈裟で目立つ。人目に立たない形がいい。

 「馬を使うといいわ。誰かに乗せてもらいましょう」

 キシリアがベルを振り人を呼んだ。現れたメイドに馬の用意を頼む。

 「サラを学校までお送りして欲しいの。手の空いている誰かを庭に呼んでちょうだい」

 衣服を包んだ荷を持ちさらは庭へ出た。ほどなく男性がやって来る。それはダリアで、さらへ手を差し伸べた。

 「荷をこちらへ。お送りする」

 「え。あなたが……?」

 「手が空いている。構うことはないだろう」

 断る理由も意図もない。ただ気まずいだけだ。

 さらは促されるまま荷を渡す。用意された馬に先に彼が乗り、彼女を引き上げた。『セレヴィア点』で数度馬に乗った経験はあったが、それはダリアの部下が御す馬での話だ。

 (本人だなんて……)

 ひんやりとした空気なのに緊張して妙な汗が吹き出そうになる。

 大堀を渡り城を出た。
 
 前に乗せるさらを配慮してか、足並みはゆっくりだった。

 「学校に移るとはいい場所を見つけた。姉もイアを連れて訪問し易い。姉がそのように?」

 「はい。わたしは子供の相手が落ち着くだろうからと」

 「姉はあなたの話を聞いて、何と?」

 「不思議だとおっしゃいましたが、腕輪や他の事情から納得して下さったかと……」

 「そうか」

 ダリアがさらを送る役を買って出たのは、単に手が空いていたからではない。キシリアの反応を知りたかったからだろう。

 さらを介そうとするところに彼の照れを感じて、くすぐったくも微笑ましい。

 「お姉様に直接お聞きになればいいのに」

 「え」

 (しまった)

 心の声がついもれた。

 「仲がよろしそうなので、そんな風に……、失礼しました」

 急いで取り繕う。

 「……姉に聞けば、なぜ私があなたの話を疑うのかと責められそうだ。あの人は見たままを信じる。実際、単純なその捉え方が正しいのかもしれない」

 「キシリア様はお優しいから、わたしに同情して下さっているのもあります」

 「それが姉の弱味でもある。つけ入るようなことは決してないように。おわかりだろうが」

 しっかり釘を刺す声は鋭さがある。彼にわずかに触れる部分がひりひりとした。

 学校は牧草地を抜けた先にあった。緑の中に白い木造の校舎が目に鮮やかだ。周囲の林が校庭代わりになりそうだ。現に小さな子が駆けっこをしているのが見えた。

 敷地までもう少しのところで、さらはダリアに問いかけた。

 「あの、王宮からいらしたアマリア夫人はどんな方ですか?」

 馬上で彼女の位置から彼の表情がうかがえない。ちょっとの間の後で彼が答えた。

 「王子の私的な家政婦のような立ち位置らしい。武官があれだけ丁重に接するのだから、王子のご信頼も厚いのだろうな」

 「王子とお親しいあなたは、彼女をご存知でしたか?」

 「いや。王子に近しい人物なら、彼女の年配から、あの邸にも同行したはずだ。しかし、一行にアマリア夫人の姿はなかった」

 さらは胸がざわめいてきた。

 ダリアの話からアマリア夫人は婆やで間違いないようだ。どういう理由か王子の側にいて、今はその経緯でセレヴィアにまで来た。

 王子の側近らしく身なりも美しく整えていた。邸の襲撃の後は里のあるイングの家に戻ったとばかり思い込んでいた。重んじられる今の暮らしは豊かそうだ。その事実は婆やの為に喜ばしい。

 「アマリア夫人が何か?」

 「……わたしの婆やです」

 ダリアが絶句する気配が伝わる。

 「あの邸に一緒にいました」

 「彼女とは何か話は?」

 「いえ、何も。顔合わせでわたしに気づいたようですけれど……。似た女がいて驚いたのでしょうね」

 「あなたは亡くなったとされている。それ以上の詮索はないと思うが」

 「はい。ただ……」

 「王子に話されると困る……と?」

 「はい」

 せっかく城を出ても、存在が王子に知られれば同じことだ。彼なら婆やの話を聞き、必ずさらに興味を持つ。

 学校の前でダリアは彼女を下ろした。経年はあるが、校舎はきれいに保たれているのが外観からわかる。異世界も二度目(サラを入れれば三度目)。そこで自分の居られる場所があるのは一番ありがたい。

 校舎を眺めているさらにダリアが言う。

 「あなたの細かな出自は私と姉しか知らない。ここに移ったことは伏せる。仮に王子のお耳に入ったとしても、サラとは別人のあなたが里に帰ったとでもすれば、それで済む」

 まるで確実な予定を聞くようで力強かった。命令に慣れた人の断定は不安を軽くしてくれる。

 さらの立場を配慮した言葉は、彼女を親友のように遇してくれるキシリアへのものだ。それでもやはりありがたい。

 「ありがとうございます」

 ダリアは間もなく馬を返した。