「う、うまく笑えるかわかりません……」

「大丈夫。昨日も言ったでしょ? 君は自然にしてるだけで、もう十分姫なんだから」

「……でも、私なんかが」

「“なんか”じゃないよ」

先輩の声は不思議とやわらかく、だけど有無を言わせない力強さがあった。

私は震える指でドレスの袖を取った。

生地は思っていたよりずっと軽く、けれど腕を通した瞬間、全身を包む空気が変わった。
背中の編み上げを先輩に締めてもらい、鏡の前に立つと――
そこには見慣れた地味な私ではなく、夢の中でしか会えないはずの「お姫様」がいた。

「……これ、私?」

「うん、君だよ」

「信じられない……」

「信じなきゃ。ほら、肩をちょっと張って。そうそう……うん、完璧」

胸の奥で小さく震えていた不安が、すっと静まっていった。

鏡に映る私は、昨日よりも少しだけ堂々として見える。

いや、きっと気のせい。

でも、その“気のせい”が確かに背中を押してくれる。

――そして展示が始まった。


次々と生徒や来場者がやってくる。

「わぁ、すごい!」

「まるで本物のお姫様みたい!」

歓声とともに、無数のシャッター音。眩しいほどのフラッシュ。

視線を集めるなんて想像もしなかった私が、今、笑顔を向けられている。

「……は、恥ずかしいです」

小さく呟いて俯くと、すかさず声が飛んだ。

「その照れてる感じがいい!」

写真部員のひと言に、周囲がどっと笑い声に包まれる。

――俯いてさえ「姫っぽい」と言われてしまう。胸の奥が熱くなる。

やがて、小さな女の子が母親の手を引かれてやってきた。
大きな瞳を丸くして、私をじっと見つめる。

「……おひめさま」

その小さな声に、胸が震えた。

私が憧れていた“誰か”ではなく――
今、この場所で私自身が「お姫様」と呼ばれた。