午後2時を少し過ぎたころ、ダイス先生がやって来た。
 父と執務室で話をしていたが、そこに私が呼ばれることになった。

「さて、奥様もお見えになりましたので、お話させていただきます。
 少々ショッキングなことも含まれますが。お話しても?」

「ああ、かまわない。」と父が怪訝そうに答えた。

「これは私が書いた死亡診断書を助手が複写したものです。
 そこに私がわかりやすく注釈を加えてあります。」
 
 そこにはカミルがどのような状態で発見されて、死亡の原因と推測される事柄などが記されていた。

「カミル様は、ルイウ川の川岸で発見され、兵士に調書には酒に酔って転落したものと書かれていました。
 しかしカミル様には、川に転落して溺れた形跡がなかったのです。」

「と、いいますと?」

「川の水は飲んでいなかったのです。
 おぼれて死んでしまう人は、慌てて呼吸をしようとして水を飲んでしまうのです。
 肺にも水が入り込んでいませんでしたし、胃の中も調べましたが、川の水は飲んでいませんでした。」

「では夫は川には落ちていない、ということですか?」

「その可能性が高いでしょう。
 さらにカミル様には死後強直がみられませんでした。」

「それは、どういう意味でしょうか?」

「亡くなってから時間が経っていたことになります。
 少なくとも3日前にはなくなっていたということです。」

「そんなはずはない。私が領主邸に行ったときに、カミル様は私に会いたくないと伝言されましたので。」

 トーマスが慌ててそう言った。

「しかし、その時に姿を見てはいないのだろう?」

「はい、確かに。
 しかし領主様は私にそのようにお話されていましたので、てっきり……。」

 そう言われれば、なんとなく違和感はあるが、確証はない。
 偶然ということもあり得ることだし、仮にも兄弟なので、疑うことはしたくなかった。
 しかしそうであれば……すでにカミルは死んでいたことになる。

 兄の思惑とは、一体?

「それから、大変申し上げにくいことですが、カミル様は大麻を吸っておられましたか?」

「いいえ、そんなことはありませんでした。」

「そうですよね、肺はきれいでしたから。」

「?」

「そうなると、やはり飲食物ですかね。
 今分析をしているところなので、確定ではありませんが、胃の残留物から大麻特有のにおいがしたものですから。」

「ええ? 夫が大麻ですか?」

「何か思い当たることはありませんか?
 急に怒りっぽくなったとか、言っていることが支離滅裂になるとか、嫉妬深くなり、ありもしないことを言うとか。」

「それはお酒のせいではありませんか?」

「確かにお酒でこのような症状の方はおりますが、それはごく一部の依存症になった方です。
 旦那様は酒を飲んでもお仕事はされていたのでしょう?」

「ええ、そうですね。
 カミルは付き合いで酒は飲んでも、身持ちを崩すことはありませんでしたので。」

「でしたら当てはまりませんね。
 そこは街の人たちの話と一致しています。」
 
 私には全く身に覚えのない話だった。

「私の所見では、かかとに引きずられたときにできる、傷がありましたので、川に転落したのではなく、死後に川岸まで運ばれたのではないかと推測します。
 おそらく死因は中毒死ではないかと。」

「ではカミル君は何者かに殺害されただと?」

「いいえ、断定はできません。
 その可能性があると申し上げたにすぎません。」

 ダイス先生の話は全く予想もつかないことばかりだった。

「私の話は以上です。
 これを調べてカミル様に何が起こったか……。
 推測することはできても、いつ、誰が、何のためにこのようなことをしたかということは、残念ながら、わかりません。」

「そうであったな。
 先生のお時間をとらせてしまってすまなかった。」

「いいえ、これも仕事ですので。
 ただ、騎士団に提出する報告書には、発見時の状況の通りに川に転落したことにして、大麻のことは伏せておきましょう。
 まだ推測の域を出ないことですので……。
 こちらに身の危険が及ぶことになっても困るでしょうから。」

「先生、感謝する。
 たとえ解決とはいかなくとも、カミル君に何が起きたかがわかっただけでも、今は一歩前進だと思うことにしよう。
 お前もそれでいいな、コレット。」

「はい、お父様。このお話が聞けて良かったですわ。」

 そう言ったものの、私はまだ納得できなかった。
 夫は、誰かの手で、計画的に、密かに殺された。
 なぜ、そうでなければ……ならなかったのか?

 その疑問だけは、いつまでも私の心に残り続けていた。