翌朝、私たちは早々に身支度を済ませ、朝食に向かった。

 アリスは少しうつらうつらとしていた。
 この子も眠れなかったようだ。
 元気なカイルの姿に少しほっとした。
 
 昨夜のうちにトーマスが騎士団の詰め所へ掛け合い、カミルと最期の時を過ごせるよう手配をしていた。

「さて、朝食が済んだところで皆に大切な話がある。
 私の部屋に集まってくれ。」

 そう父が言い、皆で父の執務室に集まった。

「アリス、カイル。
 二人ともよく聞くんだ。
 お前たちのお父様、カミル君が昨日、亡くなったと連絡があった。」

「うそ……。」

 アリスは言葉を失い、ソファーで呆然としていた。
 カイルは、

 「ねぇ、お父様が死んでしまったの?」

 私の顔を見て聞いてきた。

「ええ……。」

 私にはそう返事をするのがやっとだった。

 アリスは静かに涙を流していた。
 カイルはその様子を見て声を出して泣いた。
 私も二人を抱きしめて泣いた。
 涙をこらえながらトーマスが、

「先方とは10時のお約束です。
 あまり時間が取れないようですので、お支度をお急ぎください。」

「ええ、わかりました。
 それでは子供たちの支度を手伝ってくださるかしら。」

「はい、かしこまりました。」

 メアリーが返事をして退室し、サラもそれに続いた。
 私たちは私室に戻り、黒の礼装に着替えた。
 アリスの支度をしながらサラが気を遣って話をしていたが、アリスにはそれに応えることができなかった。
 カイルはその場を察してか、おとなしくメアリーの言うことを聞いて、支度にそれほど時間がかからなかった。

「それでは出発するとしよう。」

 父が声をかけ、馬車で騎士団の詰め所へ向かった。
 番兵に挨拶をすると、中から班長の兵士が出てきて、恭しく父に挨拶をした。

「こちらでダイス先生がお待ちです。」

「わかりました。」
 
 ダイス医師。普段は町医者として、多くの市民の治療をしている内科医だ。
 こうして不審な死を迎えた遺体があると、検死を担当する監察医でもある。

 アカデミーを優秀な成績で卒業し、貴族からもホームドクターとしての声もかかったが、それらをすべて断って市街地で診療所を営んでいる。

「おはようございます、ダイス先生。」

 父が声をかけた。

「はい、おはようございます。」

 そう応えたが、そのあとは終始無言だった。

「こちらです。」

 班長は棺に納められたカミルの元に案内した。
 白い棺に納められ、花に囲まれたカミルの姿があった。
 その姿を見たアリスは棺に追いすがって泣いていた。
 カイルは祖父にしがみついて声を出して泣いた。

 父が気丈にも子供たちに声をかけた。

「さぁ、お前たち、お父様にお別れを言いなさい。」

「……お父様、ピアノ、ありがとうございました。
 ちゃんとお稽古をして上手になります。
 天国から聞いていてね。……さようなら、お父様。」

 アリスがやっとの思いで声を絞り出した。

「お父様、僕はお父様のような、
 立派なお仕事ができるように頑張るね。
 さようなら。」
 
 ねぇカミル、聞こえているのかしら。
 私にはカミルのほほに一筋の涙が伝ったように見えた。
 
「昨日のうちにトーマス様がご用意くださった服を着せてあります。
 着用していた衣類は先生の指示で、こちらで預かっておりますが、残念ながらお返しはできません。
 よろしいですか。」

「ええ、大丈夫です。
 そちらのいいようにしてください。」

 まもなく、棺を乗せる馬車の到着が知らされた。


 部屋に入ってきたのは、先日私たちの荷物を届けてくれた、エダマの街の運送業の人たちだった。

「おい、嘘だろ。旦那様じゃないか。」

「奥様の前だ、静かにおし。」

 しゃがれた声が聞こえた。
 いつもの仕事仲間の声は、こんな時でも頼もしい。

「お久しぶりね、ケイト。」

 ケイトはエダマの街の運送業者の一人で、私とは仕事を通じた知り合いだった。
 亡くなった夫の後を継ぎ、男ばかりの輸送業の会社を切り盛りしていた。

「奥様、なんだって旦那様が……。」

 私は黙って首を横に振った。

「そうかい、もうお別れはすんだのかい?」

「ええ。」

「お前たち、代官様をエダマの街へお連れするんだ。
 くれぐれも丁重にね。」

「へい、姉御。」

 棺に蓋をして、その上からエダマの市旗をかけた。
 私たちはカミルが馬車に乗せられるのを見送って、そこでお別れをした。

「葬儀には出てこられないのかい?」

 今回の仕事の依頼がコレットからではなく領主直々だったので、ケイトも少し不思議に思っていた。

「夫とは離縁していることになっているので、もうエダマには帰れないのよ。」

「何かあればまた相談においで。
 そんな暗い顔していたら、優しい顔の代官様も悲しむじゃないか。」

「ええ、そうね。」

 トーマスが礼を述べながら、少しの金子を手渡していた。

「それじゃ、ここでお別れだ。
 エダマの街に来ることがあったら、訪ねておいで。」

「ばいばい。ケイトおばちゃん。」

 カイルが手を振った。
 子供たちとも顔なじみだったので、
 その姿を見て少し元気が出たようだ。

「奥様、少しお話があります。
 お時間をいただけませんか?」

 ダイス先生が声をかけた。

「ええ、どうぞ。」

「いえ、ここで話をするべきことではありませんので、あとでハイマー商会へ出向きます。」

「トーマス、後でダイス先生が、お話があるそうです。
 面談の手配をおねがいします。」

「かしこまりました。
 それでは何時ごろがよろしいでしょうか。」

「そうですね、今日の診察が終わってからですと、午後2時ごろはどうでしょう。」

「かしこまりました。
 では本日午後2時ごろ、当会にてお待ちしております。」

 その後トーマスはこのことを父に伝言していた。

「さて、みんな帰るとしようか。
 これからはみんなでカミル君の分まで幸せにならないといけないよ。」

 そう言いながら、父はカイルを抱いて馬車に乗りこんだ。
 
 トーマスが班長に少しの金子を渡し、挨拶をしていた。

「この度はお世話になりました。」

 私も挨拶をして、馬車に乗った。

 ねぇカミル、本当はこんなお別れなんて、したくなかったのよ。
 私は子供たちを抱いて、静かに涙していた。