告発のメヌエット


 日曜日、子供たちが企画した「ハイマー商会ツアー」が行われることになった。
 ちょうど商会に近くには噴水のある公園があり、そこではオルガンの演奏や、大道芸が行われていた。
 
 そんな中、ハイマー商会の店舗入り口には様々なサイズの子供服が並べられ、気軽に手に取れるようになっていた。
 また、店内では、「ハイマー商会の店員」と同じデザインの服に着替えることが出来るほか、その様子を姿絵に描いてもらえるというサービスを行っていた。
 女児用の服のほかに、男児用の服もあり、また、制服試着コーナーには男性店員の服装もできるようになっていた。

「さて、今日はあなたが主役なのよ、サラ。準備はいい?」

「はい、お嬢様。本当にこうして私の企画をやっていただけるなんて、夢のようですわ。」

「そうね、今日は私と一緒にマネージャーなのですからね。」

 アニーがサラの肩を抱いて、優しく声をかけた。

 店舗前に商品を並べる店は前例がなく、また子供服の販売も前例のないことだったので、店の前には多くの人だかりができていた。

 エリックは数人の使用人とともに店の前の警備と、人々の流れを整理していた。

「おはよう、サラ。その服、似合っているわね。」

 学校の同級生たちがサラに声をかけた。

「ありがとうございます、お客様。
 どうぞお手に取ってご覧くださいませ。」

 いつもは学校でおしゃべりに花を咲かせているサラが、急に大人びた言葉遣いで歓迎しているので、同級生たちはおかしくなって笑ってしまった。

「みんなもこの服装になったときには、そう言う言葉遣いで『なり切って』くださいね。
 そうでないと『ハイマー商会ごっこ』はできませんのよ。」
 
 これには一緒にいたアニーも笑いをこらえることが出来なかった。

「さあ、今日は『子供たちの日』です。
 新しい子供服のお披露目と、あこがれのハイマー商会の店員になれる『なりきりコーナー』がありますよ。
 子供服をご購入されたお客様には、姿絵をサービスいたします。
 どうかお気軽に、お手に取ってみてください。」

 アニーが店の前の人だかりに声をかけると、親子連れや、孫の手を引くお婆様、父と娘など、多くの子どもたちと付き添いの大人たちが、店の前の商品に群がった。

「すみません、安全のため、順番にご案内いたします。
 こちらにお並びください。」
 
 予想以上の反響に、父も私も驚いていた。
 このままではただお客様を待たせてしまう。

「アリスにピアノを弾いてもらおう。
 店の中に運んで、演奏を楽しんでもらおうじゃないか。」

 父の提案に、トーマスたちは数人で店の入り口までピアノを運んだ。

「アリス、出番よ。
 リハーサルだと思って気楽にね。」

「ええ、お母様。
 サラがあんなに頑張っているのですもの。
 私も頑張らないといけないわ。」

「それでね、アリスにはあの子供服を着てもらいたいのよ。
 そうすればお客様も自分の娘がその服装をした様子がわかるから、見せてあげて欲しいのよ。」

「わかりました、お母様。
 それでは行ってきますね。」

 アリスは子供服販売や『なりきり』ブースで順番を退屈そうに待っている親子に向けて、ピアノの演奏を始めた。

「それでは、わたくしアリス・ハイマーが皆様に楽しい曲を演奏いたします。
 はじめは『きらきら星変奏曲』です。」
 
 多くの観衆の中、アリスは演奏を始めた。
 そばで聞いていた子供たちも、学校で習った『きらきら星』のフレーズが出てくるたびに、手をたたいて喜んでいた。

「これが、先生が言っていた観客と一つになる演奏なのね。
 とても楽しい!」

 アリスは夢中になってピアノを弾いていた。
 
 少し遅れてジョージ先生がアカデミーの芸術科の学院生を連れてきた。

 アリスがきらきら星変奏曲を弾いていると、アリスの隣に腰を掛けて、二人の連弾が始まった。

 その迫力のある演奏には、観衆も大喜びだった。


 学院生には子供たちの姿絵を描いてもらうことになっていた。
 そのうちの一人が、「私もハイマー商会の制服を着てみたい。」と言ったので、学院生はそろってハイマー商会の制服を着ることになった。

 アリスのピアノによる効果は、店の前の街道を人々が埋め尽くすほどだった。
 幸い公園でカーニバルが行われている都合で、馬車の乗り入れが禁止されていたので、観衆が街道を埋め尽くしていた。

 子供服の売れ行きは順調で、大人たちが会計に並んでいる間に子供たちが「ハイマー商会ごっこ」を楽しみ、アリスのピアノの演奏を楽しんでいたため、待ち時間は苦にならなかった。

 アリスのピアノ演奏を聞いていた街角演奏家のバイオリニストが、アリスに共演を持ちかけた。

「私が知っている曲であれば、一緒にお願いします。」

 そこで二人はバッハのメヌエットの演奏を始めた。
 普段のピアノの演奏に、バイオリンが加わることで演奏はより豊かになり、聴衆を虜にしていた。
 
 演奏が終わるとアリスは立ち上がって一礼し、販売している子供服が良く見えるように一回りして、

「この服と同じデザインの服を販売しております。
 是非お買い求めください。」
 
 これにはアリスのピアノの演奏に羨望のまなざしを向けていた女の子たちが、服を選んで会計の列に並んだ。

「お嬢様、ありがとうございます。
 おかげでたくさんの服が売れていきます。」

 サラがそう、アリスに声をかけた。

「せっかくお友達が頑張っているのですもの、私も頑張らないといけないですわ。」

 普段使わないような言葉で会話していたので、これにもアニーは吹き出してしまった。

 しかし、「ハイマー商会ごっこ」をしている女児たちも、同じような言葉遣いをしていたので、会場は穏やかな笑いに包まれていた。

 お土産に姿絵をもらった子供たちは、満面の笑みで家族に見せ、喜んでいた。
 会場には穏やかで、優しい時間が流れていた。

 アリスにバイオリン奏者から声がかかった。
 しかしアリスはモンティのチャルダッシュは演奏したことも聴いたこともなかったので、ジョージ先生が演奏することになった。

「それでは一緒に演奏いたしましょう。
 テンポはあなたの気分でいいですよ。
 合わせられると思います。」

 バイオリンの哀愁漂うスローな曲調から始まるこの曲は、バイオリン奏者の腕が試される難易度の高い曲だった。
 冒頭で多くの聴衆を引き込んだ彼は、やがて少しテンポアップした曲調で徐々に力強く、明るく演奏した。

 この曲を店舗の奥で聞いていたニナは、郷愁に駆られていた。
 自分のルーツである民族の音楽に、胸が締め付けられるほど切なさを感じていた。

 やがてこの曲はアップテンポの民族音楽の特徴的なリズムの伴奏に、バイオリンの素早い技巧が冴えるパートに入った。

 ニナは音楽に合わせて手拍子とステップをしていた。
 というよりも体が覚えていて躍り出していた。

 聴衆からの手拍子を受け、ジョージ先生たちは体を揺らして楽しそうに演奏していた。
 曲は一気に盛り上がりをみせて、バイオリンの勢いそのままに演奏が終わった。

 ニナは店舗に続く廊下でその場で座り込み、うつむいて泣いていた。

 私は後ろからニナを抱きしめて、そっと伝えた。

「いつかあなたも日の当たるところで、みんなと一緒に楽しめる日が来ますように。」
 
 儚げな『踊り子』の後姿を、今はただ黙って見つめていることしかできなかった。