翌朝、ダイス先生から折り入ってお願いがあると連絡をもらったので、今日の午後「馬車馬」で会うことになった。
そこには私とトーマス、エリックの3人で行くことになり、ノールへ連絡を取ることにした。
その日の午後2時、私たちは「馬車馬」でダイス先生を待っていた。
「ダイス先生のお願いって何でしょうかね?」
「さぁ、私にはさっぱり……。」
少し待っていると、ダイス先生が馬車でやって来た。
傍らには少女がいた。
「こんにちは、コレットさん。
今日はこの娘のことでお願いがありまして。」
「ええ、わかりました。どうぞ中へ。」
年はアリスよりも少し上の、特徴的な肌と髪の色。
クアール人の少女だった。
「先日お話したニナです。
私が『エデン』から彼女を収容所に連れ出したのですが、そこもカザック隊長の監視下ですので、こうして彼女を外に連れ出しました。」
「彼女も中毒症状が出たと?」
「いいえ、彼女こそ秘密を知る人物です。
彼等には『話ができない』娘として扱われています。
本当は、話せないのではなくて、『話さなかった』ということがわかりました。
僕とは簡単な言葉ならやり取りができます。
クアールの言葉でなら、話すこともできるようですよ。」
彼女は私たちの視線を感じて、ひどくおびえているようだった。
「ニナじゃないかい!」
バーバラが声をかけた。
「ママ!」と言って、ニナはバーバラにしがみついた。
「どう? 元気にしていたかい? ひどい目には合わなかったかい?」
バーバラはやさしくニナを抱きしめると、ニナは「うん」とうなずいて、そのままバーバラのエプロンに顔をうずめて泣いていた。
「実は、この娘を預ってほしいのです。
収容所もカザック隊長や、オルフェ侯爵家の者が監視している状況ですので。」
「それではどうやってこの娘を連れだしたのですか。」
「治療が終わって『エデン』に帰すと言って連れてきました。
それに完全ではありませんが、足の整復術を行いました。
もちろん私は『エデン』になど帰す気はないので、途中で逃げ出したとでもいえばいいでしょう。」
「……そんなことをすれば、あなたが危ないのでは?」
「コレットさん、私はもう、いつ殺されても文句は言えないのですよ。
多くの罪を犯しましたので……。」
ダイス先生は、うつむいて黙ってしまった。
「せめてこの娘だけでも、元居たところに帰してあげたいのです。
そしてできれば幸せに暮らしてほしい。」
「あんた……そんなことを思っていたのかい。
以前この娘を助けた人って、あんただったのかい?」
「ええ……そうです。」
「そう、それなら文句は言えないね。
あたしゃこの子をこんなにした、あんたこそ、恨むべき人だと思っていたからね。」
「その通りです……僕は、恨まれて当然なのですよ。」
『馬車馬』は少しの間、沈黙した。
「その、彼女が知っている秘密とは、何でしょうか?」
トーマスが慎重にダイス先生に尋ねた。
「実は彼女が最後に相手をした客は、『G076』だったそうです。」
「!!」
「今はまだ、彼女の心の傷は癒えていません。
なので、私も詳しくは聞いていないのですが、『その時』に彼女はその場にいました。」
「この娘の部屋で貴族の客が死んだって話かい?」
「実は、その客こそがカミル氏だったのですよ。
ニナを収容所に保護してから、私との会話の中で明らかになったことです。」
「お願いだよ、奥様、この娘は悪くない!
悪いのは大人たちなんだ。
どうかこの娘を許してやってくれ。
あたしゃそのためなら何でもします。
……まだこんなに幼いんだよ。
かわいそうじゃないかい。」
バーバラはその場に伏して、泣いて懇願していた。
その様子を見ていたニナも隣で一緒に伏していた。
「私からもお願いします。」
ダイス先生は深々と頭を下げた。
「そうですね、この娘の背景にはどうしようもない大人たちがいるようです。
もうこれ以上大人の都合で、この娘を不幸にさせるわけにはいきません。」
「それがよろしいでしょう、コレット様。
彼女を家内の使用人にすれば、人目を避けることが出来ます。
それに……大切な生き証人でもありますので。」
「……ええ、わかったわ。
でもこの娘に手出しをさせないためには、どうすればいいのかしら。」
「コレット様、我が主に相談されてはいかがですか。
主にとってもその娘は重要な人物です。
また、姫殿下であれば、孤児に関することも保健省の仕事ですので、取り計らってくださると思います。」
「では、そのようのお取次ぎくださるように、お願いできるかしら?」
「はい、必ずお伝えいたします。」
「……感謝します。」とダイス先生は呟いた。
「よかったよ、ニナ、これからはこの奥様の元で、しっかり働くんだよ。」
「……うん。」
ニナの身元の安全はこれで解決したが、一方でダイス先生はうつむいたままだった。
「ダイス先生、貴方は罪を償うために死んでもいいとお考えなのでしょうが、貴方にもまだ出来ることがあるのではないですか?」
「それは?」
「これ以上大麻の被害を出さないため、また中毒患者が社会に復帰できるために、貴方がやるべきことはあるはずです。」
「……しかし、診療所も、収容所もオルフェ侯爵様の寄付で運営されていますので……。」
「その関係を断ち切るためにも、先生には独立した財源が必要なのです。」
「……と、言いますと?」
「私たちはこれからサロンパーティーでピアノの演奏と服の販売を行います。
そこには多くの貴族や町の有力者が来るでしょう。
そこで『大麻撲滅運動』をすることを宣言して、寄付を募るのです。
これはアイリス皇女殿下もお認めになられているのですよ。」
「……僕にもまだ、できることがあるのですね。」
「そうとも先生、あんたがいなくなったら、誰があの娘を診察するんだい?」
「それにもう、先生はここの仲間ですよ。」
エリックが三角巾で巻いた腕を持ち上げて言った。
「僕にもまだ、できることがあるのですね。」
ダイス先生は涙を流して呟いていた。
「それではニナ、改めてよろしくね。
私はコレット。
ハイマー商会の娘よ。
そしてこちらがトーマス。
我が家の執事です。
何か困ったことがあったら、遠慮なく相談して頂戴ね。」
「はい。」
私たちはニナを連れてハイマー商会へと帰っていった。



