今日はちょっと肌寒い。学校の校門をくぐると木々の葉が地面に落ちていた。その葉が風で舞ったりしていた。

「おはよう」

 教室へ入ると、上石が真っ先にあいさつをしてきた。

 昨日、派手な服を着ていた上石を思うと、学校の制服姿は地味に見えた。でも、地味なのが上石だよなぁ。本当、そう思う。

「ちょっと来て」

 そう言うと、彼女は僕の手をぐいぐいと引っ張り、屋上へと続く階段のところまで連れてきた。そして、階段の横にある窓を開けた。

 ぴゅ~~

 その瞬間、強い風が吹いてきた。彼女は髪をおさえながら、叫んだ。

「あの建物と建物の間を見てみて!」

 あの建物と言われても、よくわからないけど、彼女の指さす方向から推測して建物を特定して、それからその建物の間を見てみた。

 !!!

 富士山が見える。ちょっと小さいけど。

「昨日見つけたんだ」

 この校舎から富士山が見えるなんて、今まで誰も言ってなかったし、僕ももちろん知らない。なぜ転校生の上石が知っているのだろう。視線を下ろすと、解体中の旧校舎があった。

 そうか、旧校舎が解体され始めて、今まで見えなかった富士山が見えるようになったんだ。

「学校から見える風景って、とても好き。この学校に来てから、いろんな窓から見ていたんだ。そして偶然発見しました」

 二人でしばらく窓の外の富士山を見ていた。

 ……

 キーンコーンカーンコーン

「チャイムが鳴ったね」

「じゃあ、急ぎましょう」

 そして、一緒に教室へ急いで走った。

 まだ先生は来てないようだ。早く席に着こう。椅子に座ると、何かの視線を感じた。

 亜美だった。横目で見ただけだったが、ちゃんと見る勇気はなかった。

 授業が終わると、亜美はそそくさと教室を出て行った。

「どうしたの」

 上石が横から話しかけた。

「気持ちを伝えないの?」

 どういうことだ。それを知っていて、僕に近づいたのか。

「だめだよ。ちゃんと伝えないと。高坂さんは授業中もずっとあなたを見ていたよ」

 うん。確かに伝えないと。なんか、上石に乗せられているような気もするけど。しかし、なぜ上石がそんなことをするのか。

「でも、直に言うのは怖いな」

 僕がどうしようか迷っていると……

「でも、直に言わないと伝わらないよ」

 まあ、そうだよね。その時、ふと鞄から一部が飛び出したスマホが目に入った。

 僕はスマホを取り出した。

「そうだ。スマホの鏡アプリのメッセージ機能を使おう。書いたメッセージをペットに送らせよう」

 僕的には良い提案だと思ったけど……

「うーん。アプリじゃ、わからないかもしれないよ。でも、鏡アプリでのメッセージがダメだとは言わない」

 上石はアプリを使うことは、わりと否定的に思えた。少なくとも肯定はしてない。

 しかし、他に方法が思いつかない。僕はスマホでメッセージを書いた。そして、それを僕のペット、つまり猫に渡した。

「にゃ~ん」

 ペットの猫はそう鳴きながら、メッセージを運んでいった。人間の言葉もしゃべることができるのに、なんかあざとく感じた。

 よく考えてみると、今、送信するということは結果がすぐにわかってしまうって事だ。次の授業が始まる前に分かってしまう。

 あと5分もすればわかるだろう。僕はなんとなく変な高揚感を覚えた。同時に怖さも覚えた。

 タタタタ……

 そろそろチャイムが鳴るって瞬間になって、亜美が駆け足で帰ってきた。

 そのまま席に着き、授業が始まった。何事もなく下校時間になり、特に一緒に帰ることもなく、僕は自宅に着いた。

 亜美は僕のメッセージを読んだのだろうか。そして、読んでいて、あの反応なのだろうか。反応というか無反応だけど。

 スマホの鏡アプリを見ると、ちゃんとペットの猫は帰ってきている。

「にゃーん」

 にゃーんじゃないよ、と言いたくなった。


 翌日。

 足取りは重いけど、学校へは行かないといけない。僕は校門をくぐり、教室へ入っていった。

「おはよう」

「おはよう」

 亜美の返事もいつもと変わらない。

 授業中も僕はそわそわとしていたが、亜美のほうは普通にしていた。僕が見た限りでは。

 そして、午前の授業が終わりチャイムが鳴り、お昼休みとなった。

「お昼、食べよう!」

 亜美が話しかけてきた。上石のほうを見ると教室を出ていくところだった。一人で食堂へ行ったのだろうか。

 まあ、とりあえず亜美とお昼を食べることになった。

「ん? なに?」

「いや。なんでもないけど」

 そのまま、普通の会話をして、お昼も終わった。結局、メッセージを読んだのか、読んでないのか。あるいは読んで、知らんぷりしているのか。結局、それは昨日と同じで全くわからなかった。

 そうこうしているうちに午後の授業も終わり、僕はしばらく席でぼ~っとしていた。いつの間にか教室の掃除の当番以外は誰もいなくなっていた。追い出されるように教室を出て、スタスタと歩き、昇降口で靴を履いていると、校庭の花壇に上石の姿が見えた。

 上石は花壇の花に来ている蝶々を見ているようだった。

「どうしたの?」

 上石が不思議な顔でこっちを見た。いや、いつも不思議そうな顔をしているので、普段の顔と言うべきか。

「いや。亜美の反応が全くなくてね。どうしていいのかよくわからない」

 上石は花壇にいる芋虫を見た。蝶々の幼虫だろうか。そして驚いたことに、ひょいっと手でつかんで、花壇にある花の葉に乗せた。

「アプリにはバグがつきもの」

 彼女はそう言って、校門のほうへ向かって帰っていった。

 どういうことだろう。しばらくその場で考えてみたが、結局何もわからなかった。しかし、芋虫をよく手で捕まえられるな。僕にはできないや。もっと幼いころは平気で触っていたけど、今はどうして触れることができないんだろう。

 ずっとここに一人でいてもしょうがないので、僕も校門をくぐり、考え事をしながら帰った。

 途中、空を見るとなんだかどんよりしていた。自分の気持ちとリンクしているのだろうか。

 自宅に着き、いつものように鍵を取り出し、ドアを開ける。静かな廊下をスタスタと歩き、そしてトントンと階段を上って、部屋へ入る。

 椅子に座り、腕を組んで目をつむって、改めて考える。

 ……

 カタッ

 うん? なにか後ろから物音がしたような気がした。

「きたよ~」

 真後ろに亜美がいた。

「いや。今日はちゃんと玄関のドアのカギを閉めたはずだぞ」

「一階の居間の窓が開いていたよ」

 玄関のドアの鍵がかかっていたのに、部屋の窓が開いていたのか。うちの親も平和ボケだな。この街で良かった。

 窓って言っても、扉ぐらいの大きさだから、亜美はおそらく普通に入ってきたんだろう。泥棒が侵入するような小さな窓ではない。いや、泥棒なら、小さい窓だろうが、大きい窓だろうが入ってくるか。なにしろ泥棒だし。

「あの鏡のアプリって、部屋に置物を設置することができるんだよね。テーブルとか棚はもちろん、人形やぬいぐるみのようなもののできるみたい。っで、どの置物が良い? 設置はあたしの部屋になるけど」

 いつもの会話である。あの頑張って告白したメッセージはどうなったんだろう。とりあえず、今はそれは考えないで会話を進める。

「いやぁ。何でもいいんじゃない。この白いテーブルなんかどう」

「もっと真剣に考えてよ。今、わりと適当に選んだよね」

 えっ、なんでバレたんだろうって思ったけど、自分のセリフを思い返してみたら、バレて当然だった。

「うーん。この濃い緑と淡い緑の市松模様っぽい棚が良いんじゃない?」

今度はちょっと気になったものを選んでみた。

「そっかー。あんたがそう言うなら、買ってみるよ。アプリの位置設定は自分の部屋になっているから、ここじゃ見られないけど」

 僕のところの鏡アプリも殺風景だから、なにか置物が欲しいな。殺風景って言っても、自分の部屋が映っているわけだけど。

「ん? あんたのところにも置物が欲しいのね。私が選んであげる」

 そう言って、僕のスマホを取り上げた。

 しばらく、僕のスマホを睨んだままになった末。

「これね!」

 亜美の指を指した先を見ると、時計だった。まあ、置時計だから確かに置物ではあるけど。

 そう考えているうちに、亜美が時計のアイコンをタッチして購入していた。白い置き時計だった。

「せっかく選んだんだから、ずっと置いておいてよ」

 確かに選んでくれたのは亜美である。ただし、僕の購入ポイントが減っているが。

「じゃあ。帰るね!」

「うん」

 結局、いつも通りの行動をしていただけで、したがって気持ちを伝えたメッセージの事はわからなかった。