無口な瞳に触れた日


夏が終わりかけ。
住宅街は静まり返り、虫の音だけが響く夜。


佐倉 春 は部屋で1人パソコンを立ち上げた。

「今日はどこのサイト漁ろうかな〜うーん昨日もここ見たしな……ホラーサイト?面白そう夏だしピッタリ的な?!」


黒を基調としたサイトに、赤い血文字でホラー話がつらつら書かれていた。
スクロールすると、古い日付の投稿に
『満月の夜、鏡を二枚用意して鏡合わせをしゆっくり満月に向けネフラソグルム…ネフラソグルム…
ミラ・ルナ…リヴェラ・シャドウ…
影よ、門を…」と唱える』と書かれている。


……最終更新は十年前?しかもコメント欄、途中で途切れてるし。


「なにこれ超やばww ま、やるっきゃないっしょ!」


荷物の山をかき分け鏡を2枚取り出し窓を開ける。

月は少し欠けている。


「まー別に満月じゃなくてもいけるっしょ、鏡合わせして……と。呪文なんだっけな、あぁこれこれ」


欠けた月に向け呪文を唱えた。

その瞬間、目の前が真っ暗になる。


「え、まじ……」


意識は飛び、頭に衝撃を感じたが痛みはなかった。



目が覚めたのはどのくらいの時間が経った頃だろう。
何やらたくさんの人の話し声が聞こえる。
遠い意識の中聞こえてくるのは話し声。

たくさんの


「起きて……!逃げるのよ…!」


ハッと意識が戻り目の前に映るのは
人間ではない"ナニカ"



「え!?誰?!なに?!あれ、あたし何してたっけ」




「いいから私の手を……!」




大きく鋭い爪、鱗のようなキラキラとした何かが張り付いてる細い腕。
ピンクのドレスを纏った少女?

顔は美しい人間に近いが緑の瞳に長いまつ毛と大きな



「ツノ?!?!え、これ龍とかドラゴン?すっごー……!待っててかエグ可愛いんだけど!」



「あなたすごく元気ね。普通ここに来た人間は怯えるものよ、嬉しそうにしたのはあなたが初めて。とにかくここから逃げましょう。魔物は人間を食べるわ」



春は周りを見渡す。
そこには人間とは程遠い所謂『魔物』が数え切れないほどいた。


人間……落ちてきた。
オイラたちの飯……
誰が貰う
お前に人間はやらんぞ!俺様の食料だ!


春を狙うたくさんの鋭い目線


「さすがにこれはあたしでもヤバいって分かるわ〜……」



目の前の大きな爪が生えた手を取り彼女の行く方向へ着いていくしかなかった。
しばらく道無き森を走り、小道が見えた頃、少女は手を離した。



「私はレイラ、あなたは?」



「私は春!佐倉 春!びっくりしたぁ〜てかなにここ!あれ私何してたんだっけ、なんでこんな」



「いい?ハル。ここは魔物の住む世界。事情は分からないけど……たまにあなたのような人間が落ちてくることがある。私はそういった人間を助けたいと思っているわ。あなたはどうしてここへ落ちてきたかわかる?できれば人間の世界へ返してあげたいのだけど……ああどうしましょう、何から話せば」


レイラは大きなツノ2本を掴み困り果てた顔をした。



魔物……?私はたしか部屋でパソコンを使って……
異世界へ行く儀式を……



「あぁ〜待って私異世界って言うものだからもっとこうスライムとかそう言うのを想像してたってか……まさか本当にいけるとは思わないじゃん?!」



「なにかしたのねあなた。そっちの世界では流行ってるのかしら?はぁ……とりあえず私の家まで案内するわ。あそこの大きな家見えるかしら。あそこまで頑張るのよ。私がちょうど家を抜け出して遊び歩いていたからいいものの……はあまったく人間というのはなんて愚かな……」



レイラの指さす先には城が建っていた。
一見、春の見える中ではこの世界の象徴と言えるほど大きな城。
あまり距離はないが家があそこというのは



「もしかして……レイラちゃんお姫様?プリンセスってやつ?」



「あらよく分かったわね。まぁこの服といい気品さが溢れてるのかしら、うふふ」



レイラの笑う口には鋭い歯が並んでいた。

あたしこの子に騙されてるんじゃないか……

さすがのあたしもちょっと不安になってきた。


「あのさレイラちゃん、レイラちゃんは人間食べないの?」



「私?私は食べないわよ!食べようとした気もないわ。ごめんなさいね、さっきは少しテンパっちゃって人間とは愚かとか言ったけれど私は大好きよ。前にもここに落ちてきた人間が何人かいるって話をしたじゃない?初めは手を貸すこともできずそこら辺の魔物に喰われてしまったわ。けど何回も別の人間が落ちてくるものだからさすがに手を貸すことはできたの。それぞれ怖がって逃げて喰われた者もいるし、家へ連れてきたはいいものの次の日には人間界へ戻りたいと泣きわめき外へ勝手に出て喰われた者も……」


「けどねハル、私たちを信じてくれた人間もいたわ。本当にいい人だったのよ。オタクと名乗ってたわ」



「オタク……?それ名前じゃなくない?レイラちゃんたちの方が危なくなる気がするけど……」



「ハルみたいに大喜びはしなかったけど、少なくとも私を見て目に涙を浮かべ声を殺しながら尊いと言ってくれたわ」


「やっぱりなんか違う気がするんだけど?!てか、え、えーとオタクさん……?は?どうしたの?レイラちゃんが助けてあげたんじゃないの?もしかしてまだここに人間が?!」



「オタクさんはもういないの。やっぱりここでは生きられなかったみたい。」


レイラは俯き歩き続けた。
人間界は夏の終わり、ここは暑さも寒さもない生ぬるい空気が漂っている。
レイラの長く美しい金髪が揺らめいていた。



「オタクさんはここの空気で病になって亡くなってしまったの。あなた……ハルもきっとここの空気には耐えられないわ。頑張って救う手段を探したけど人間界へ戻る方法も病を治すことも空気を変えることも私たちにはできなかった。」



「それって…あたしも今吸ってる空気のことだよね…?どのくらいここにいると病にかかるの…?」


「オタクさんは病になりながらも1年は生きられたわ。だけど症状が出たのはここに来て3ヶ月。最初は咳、だるさ、そのうち体が半透明になってドロドロの液体になって蒸発して……」



「待って待って!もういい!めっちゃ怖い!私死ぬじゃん!あー終わりだ。あんなことしなきゃよかった!どうするの?!助けたいって魔物からでしょ!魔物から助かってもここの空気で死ぬなら関係ないじゃん!」



春は足を止め、その場に座り込んだ。
次第に頭が痛くなってきた。
後頭部。

ここへ来る前にぶつけた場所。


「ハル、大丈夫よ。私たちがなんとかする。まだ時間はある。あなたはオタクさんと違って病があることを知ってのスタートよ。それに特別な魔物もいるわ。家に着いたら紹介するわね。」



レイラはしゃがむハルの頭に手を乗せた。
レイラとは正反対のハルの短い栗色の髪。

ハルは立ち上がり為す術なく城へと向かった。