「ねぇ、中条君。和泉さんがなかなか来ないんだけどぉ」
遠く感じる木々の間の小道から、リンちゃんの声がきこえてきた。
直後に、低~い怒鳴り声。
「おい、和泉。それ以上遅れたら、マジでおいてくからなっ!」
う……。怖い……。
だって、中条の声って、ほかの男子たちの声とぜんぜんちがう。ひとりだけ、すでに声がわりしてる。
だから、怒鳴るとドスがきいていて、おとなの男の人に怒られているみたいな気分になる。
なによ……。
クラスで一番背が高い人と、クラスで一番背が低いあたしじゃ、足の長さがぜんぜんちがうんだからっ!
歩くスピードだって、ちがうに決まってんじゃんっ!
暑い。
一歩、足を前に出すたびに、ダラダラと汗が、こめかみを伝う。
胸がぜいぜい、心臓バクバク。
早く歩かなきゃって思うのに。足が鉛みたいに重い。
あたし、短距離走はいつもビリ。かと思えば、長距離走もビリ。
黒板の字をノートに写すのも遅いから、ノートを取り終わる前に、先生に黒板を消されちゃう。
おまけにドジで、先生の話をちゃんときいていたはずなのに、みんなが算数の教科書出しているときに、あたしだけ国語を出してるし。
なにやっても、フツウにできない。
あたしだけ、できない。
――だいじょうぶ。きみの背中には羽がある――
鼻先を、つっとトンボの羽が横切った。
