ナイショの妖精さん1


「ねぇ、中条君。和泉さんがなかなか来ないんだけどぉ」

 遠く感じる木々の間の小道から、リンちゃんの声がきこえてきた。

 直後に、低~い怒鳴り声。

「おい、和泉。それ以上遅れたら、マジでおいてくからなっ!」

 う……。怖い……。

 だって、中条の声って、ほかの男子たちの声とぜんぜんちがう。ひとりだけ、すでに声がわりしてる。

 だから、怒鳴るとドスがきいていて、おとなの男の人に怒られているみたいな気分になる。

 なによ……。

 クラスで一番背が高い人と、クラスで一番背が低いあたしじゃ、足の長さがぜんぜんちがうんだからっ!
 歩くスピードだって、ちがうに決まってんじゃんっ!

 暑い。

 一歩、足を前に出すたびに、ダラダラと汗が、こめかみを伝う。

 胸がぜいぜい、心臓バクバク。
 早く歩かなきゃって思うのに。足が鉛みたいに重い。

 あたし、短距離走はいつもビリ。かと思えば、長距離走もビリ。
 黒板の字をノートに写すのも遅いから、ノートを取り終わる前に、先生に黒板を消されちゃう。

 おまけにドジで、先生の話をちゃんときいていたはずなのに、みんなが算数の教科書出しているときに、あたしだけ国語を出してるし。

 なにやっても、フツウにできない。

 あたしだけ、できない。


――だいじょうぶ。きみの背中には羽がある――


 鼻先を、つっとトンボの羽が横切った。