ナイショの妖精さん1

 ぐ……怖い……。

 一瞬あった「昔どこかで見たような感じ」が、あっという間にかき消える。

「ほら! さっさと来いっ !! もとの道にもどれっ!」

 中条は言うだけ言うと、あたしから背を向けて、登山道にもどろうとする。

「あ……ちょ、ちょっと待ってっ!」

「……は?」

 ふり返る石膏(せっこう)みたいなほお。左眉がピクついていて、すごく怖い。

「……だって……」

 妖精を見たかもしれないのに……。

 なんて言えない。

 さすがのあたしでも、わかる。
「妖精がいる」って信じてること。「自分が妖精だ」って信じてることが、ふつうの六年生にとって、幼稚な考えだって。

「その羽を、きみ自身が信じられなくなってしまったら、きみの羽は抜けてしまうだろう」なんて言われなかったら、あたしだってもう、信じてなかったかもしれない。


「……ほら」

 手を、大きな硬い手につかまれて、ひゃっと心臓がとびはねた。

「えっ!?  ええっ!? 」

 何度も見たけど、見まちがいじゃない。

 あたしの右手を、ガッチリ包んでいるのは、中条の左手。

「葉っぱで足痛いのはわかるけど、花んとこ抜けるまでは、がまんして歩け」

 早口で言って、中条が歩き出す。

 あたしは、自分を引っぱっている人間の、高い位置にある大きな肩を見あげた。白いTシャツから、肩甲骨のラインがうかびあがってる。

 もしかしてこの人、あたしのこと「足が痛くて動けない」って思った……?

「近道したいからって、こんな野っ原、つっきろうとすることねぇだろ? 人のペースを考えないで、先に行ったのは悪かったよ」

 空気に消え入りそうな声。

 ……あれ?

 この人って、こういう人だったっけ……?