(それでもわたしはパンプスが好きなんだよね)
 モニターとなる条件で商品開発部よりサンプル品を支給される仕組みがある。自社パンプスは社員割引を利用しても軽々しく買える代物じゃなく、約三ヶ月で一足履き潰してしまう自分には有り難い。

(やっぱりヒールは高めがいいな)

 新しい相棒を物色する中、また纏わりつく視線を感じる。会田君の人懐っこさや明るい雰囲気は営業部員として強みであるものの、距離がやや近いと思う。ここはきっちり指摘した方がいいかもしれない。

「だから買収の話なら知らなーー」
「買収?」

 ヒュッと息を飲む音がする、わたしから。抱えていた靴を落としそうになり室長によってキャッチされた。

「買収とは?」
 真顔で繰り返してくる。
「い、いえ、何でもありません」
「……そうですか。松村さんは部を預かる身、不確定な情報に踊らせられてはいけませんよ。あぁ、こちらはサンプル品ですね? 運用履歴を見せて下さい」
「あ、はい。それならこちらに」
 棚にぶら下げてある管理表を差し出す。

「それから全社員分の勤務履歴もお願いします」
「え、はい。それはパソコンで管理をしていて」
「あと消防訓練ですが、実施日の確認をしたいです」

 要求をポンポン投げられて受け止めきれない。室長は処理しきれる情報量であっても、こちとら初手の買収話の衝撃を残す。

「一気に用件をおっしゃらないでくれません?」

 物怖じしても仕方ないし。ピシャリと言い放ち、やりとりに間を作る。