内部監査室とは企業のガバナンス、コンプライアンスを維持する部署である。わたしが勤めるシンデレラカンパニーでも設置を義務付けられ、日々健全な業務が行われるように目を配られていた。
 というのは建て前ーー

「『この忙しい中、抜き打ちの監査などやっていられない』と顔に書いてありますよ、松村課長代理」

 本音を見透かす冷たい眼鏡、もとい室長の榊原彰人(さかきばら あきと)。すぐさま応戦する。

「いえいえ、滅相もございません! しかし室長自らいらっしゃるとは。大袈裟では?」

 芝居っぽい言い回しに形の良い眉が吊り上がっていく。お返しとばかり溜息をつかれるも、室長の後方へ撫でつけた前髪は揺れない。

「大袈裟も何も。ここ営業部は我が社の第一線、細やかなフォローが必要ですから。
 では監査を始めます。確認事項等があればお呼びしますので、それまで業務をして下さい」

(細やかな指導、ね)
 内部監査室は組織から独立した権限を持ち、忖度なく不正や疑念を追及出来る。つまり重箱の隅をつつくのが本分である限り、室長は身内であり敵。先の監査で前任者が降格処分を下されたのは記憶に新しい。

 わたし、松村まひるの役職が課長『代理』なのもその為だ。どうやらボスが不在のうち、改めてメスを入れようとの算段らしい。

「こりゃ身売りの話、現実を帯びて来ましたねぇ〜」

 振り向けば会田君がニヤニヤしていた。

「何の話?」

 どんなに忙しくとも監査を拒否する事は許されない。雑な会釈をしてから席へ向かう。