「お、出野じゃん。さっきぶりだな」
夕崎陸は数分前と変わらないニヤニヤ顔で、教室に入ってきた私を出迎えた。
違うところと言えば、机に頬杖をついているところと、背負っていたカバンをおろしているところくらいだ。
「ど、どうしてここに…?」
「どうしてって、補習だからだろ」
さも当然のように返されたが、私の頭は混乱する。
「だ、だって『学年一のイケメン、スポーツ万能、頭脳明晰』のあなたがどうして補習なんかに来ているんですか…!」
「落ち着けって。たしかに俺は『学年一のイケメン』で『スポーツ万能』だ。ただ、『頭脳明晰』は、あとからついた噂の尾ひれ。俺は数学が嫌いだ。計算も遅い。」
そうだったんだ……噂に尾ひれがつくのは同情する。
私も『お似合いカップル』が『美男美女お似合いカップル』に変わっていたときはすごく困った。
叶汰くんはたしかに綺麗な顔だったけど、私は「美女」ではないだろう。
それはそうと、私は夕崎陸に向きなおる。
「計算が遅いのは、そんな偉そうに言うことではないのでは…?」
「おい、バカにすんなよ。ここに来ている時点で俺もお前も学力は一緒。せいぜい一週間頑張ろうや」
なんだか怖い街にいる怖い人のような話し方をする。
今年はクラスが離れたから忘れていたけれど、そういえば私はこの人が怖くて苦手だったことを思い出した。

