「お、出野じゃん。なんでいんだよ、帰宅部だろ」
夏休み初日、私、出野由良(いでの ゆら)はいつもよりは軽いカバンを肩にかけて正門をくぐると、後ろから声をかけられた。
(な、なんでいるの…! 誰にも見られないように気を付けてたのに…!)
内心動揺しながらも、なんとか平静を装って振り返る。
「夕崎くん……別に、帰宅部がいてもいい、と、思います…」
「何しに来てんのかって聞いてんだけどなぁ」
このニヤニヤ顔では、私の行き先も目的もバレているのだろう。何か言ってやりたいのに、口はなかなか動かない。一言でもと息を吸い込んだ瞬間、
『キーン コーン カーン コーン』
8時の5分前を告げるチャイムがなった。
「も、もう行くので!」
そう言って駆けだす。ちょうどいいタイミングで鳴ったチャイムには感謝しよう。
夕崎陸(ゆうざき りく)はバスケ部だ。きっと体育館へ向かう。私の『目的地』とは真逆の場所。これで今日は会うこともない。少し安心して軽くなった体を前へと進めた。
照りつける太陽の下、学校の敷地を1分ほど走ると『目的地』に着いた。2階建ての旧校舎。職員室と保健室、トイレの他には各階教室が3つしかない、小さな建物だ。
「相変わらず、オンボロだなあ…」
周りの木々はたまに点検が入る程度の管理だそうだ。
私立ならではの豪華な現校舎があるにも関わらず旧校舎が残されている理由は一つ。長期休み前のテストで赤点を取った人を対象にした補習を行うためだ。
磯ヶ丘学園中等部の生徒は「絶対に行きたくない場所」という意味を込めて、この旧校舎を「補習棟」と呼んでいる。
2年生にして初めて「補習棟行き」が決まった私は、ため息をついて入口の扉に手をかけた。

