夜——静まりかえった月夜の水鏡。
その水面には、ひとりの女性の姿が、ほのかに映っていた。
銀座の喫茶店。
窓辺の席に、沙織が静かに座っている。
湯気の立つカップと、ふんわりとふくらんだスフレパンケーキ。
頬には、ほんの少し微笑みのようなものが浮かんでいた。
ページをめくる指が、リズムよく動く。
周囲の喧騒はどこか遠く、沙織だけが、
ひとつの『静けさ』の中に、そっと座っていた。
姫は、水鏡の前に立ち、そっと目を細めていた。
「……よかった。」
その言葉は風に溶け、夜の海を静かに渡っていった。
月が、やさしく水面を照らした。
やがて——
水鏡の端に、かすかな気配が揺れた。
ひとひらの花びらのように、ふわりと舞い落ちた『気配』。
それは、まだ名も持たぬ、あたらしい魂。
姫はその気配にゆっくりと顔を向けた。
「……ようこそ。
どうか、おしあわせに。」
声は、祈りのように静かだった。
姫は月を仰ぎ、ひとつの輪廻の幸せを祈り、静かに舞う。
まひるびに ちりぬるものは かぎりなく
つきのひかりに またさきいづる
誰かが命を終えて、誰かになって、それを受け継ぐ。
満ちては欠ける月のように、
いのちは静かに、巡っていく。
「ここは、心の奥深く、あなただけの世界。
無意識の先の、魂の奥深く。
あなたの心にも眠る、深淵の世界……。」
空蝉の姫は、そっと目を閉じて、月夜の浜辺で静かに舞った。
心の平穏を祈って。



