「たとえば、映画は好き?」

 採子がふいに聞く。

 計典くんも、私も、少し間をおいて、うなずく。

 「うん。アクションとか。」

 「私は恋愛映画……かな。」

 「じゃあさ、お供には?」

 「……キャラメルポップコーン」
 「……キャラメルポップコーン」

 採子はパチンと手を鳴らした。
 顔は完全にドヤ顔界の覇者。

 「はい、出ました。同じ円周角。」

 ∠ABD=∠ACD(弧 AD の円周角)・・・①
 ∠ADB=∠BCE(弧 AB の円周角)・・・②

 「は?」

 「つまり、この角とこの角は、同じ弧の円周角だから、同じってこと。
 珠奈も、計典くんも、『キャラメルポップコーンという共通の弧』に対して、等しい角度で反応してるの。
 ほら、共通点見つかったわね。細かいとこまで。」

 「なんで数学に例えるの……」

 私は呆れながら笑った。

 「いいじゃん、今は宿題やってるのよ。恋の証明ってやつ。」


 でもその横で、公則くんは静かに思ってた。

 (それなら、俺と採子は……何の弧でつながってるんだ?)
 (どこかにあるのかな。俺たちだけの、“同じ角”。)

 採子には、わかっていたみたい。けどそっちには触れなかった。
 彼の方を見ずに、ひたすら珠奈と計典の角度だけをそろえようとしてた。

 採子の例え話に、みんながフフッと笑ったあと。

 計典くんが、ぽつりと呟いた。

 「でも、それだとまだ≡条件を満たしていないよね。」

 △ACD≡△BCEを証明せよ

 一瞬、空気が止まった。

 「……え?」
 私はきょとんとした。

 計典くんは真面目にノートに図を書きながら言った。

 「この三角形、ほら、二等辺三角形だから。
 底角が一緒だって言わないと、≡(合同)にはならない。
 長さが合ってて、角度も合ってて、最後に“対応するもの同士”で一致しないと成立しないんだよ。」


 静かになった教室で、ペンの音だけが聞こえる。

 採子がふっと笑った。

 「……つまり、どれかが欠けてたら、ただ“似てる”だけ、勘違いってこと?」

 △ACD と△BCE において

 計典くんは頷く。

 「うん、≒(ほぼ等しい)でもダメなんだ。
 『完全に一致』しないと、≡とは言えない。」

 私がこっそり採子に、

 「……じゃあ、私たちって、まだ≡じゃないんだね。」

 「でも、二等辺ならチャンスあるよ。」

 計典くんが少しだけ照れたように言った。

 △ABD は AB=AD より2辺が等しいので二等辺三角形である。
 よって∠ABD=∠ADB(二等辺三角形の底角)・・・③

 「なにそれ、計算高い……」

 採子が苦笑いしながら目を伏せた。

 公則くんが、珍しく真面目にボソッと言った。

 「結局、4人は似た者同士ってことで。」

 「そうかもね。」

 採子の声は、どこか遠くを見ていた。

 「どこかが足りなくて、
 でも、それでも誰かとつながりたいと思ってる点たち。
 円の上にいて、交わったり、すれ違ったりする。
 ただの点。けど、それが何かを作るって、ちょっと素敵じゃない?」