「えっと、なになに?」
円周上に、4つの点A,B,C,Dがある。
4つの点が作る四角形に対角線を引き、その交点をEとする。
AB=AD,AC=BCのとき
△ACD≡△BCEを証明せよ
計典くんが私のノートを見ながら、ちょっと眉を寄せた。
「これ、途中までは合ってるけど……ここの式、もう少し整理してみ?」
その声が、近い。
私の心拍数が、関数グラフみたいに急上昇していくのを感じた。
見られてるのはノートだけなのに、なぜか手の震えは止まらない。
その横で、採子はというと――。
「ふっふっふ、恋の補助線ってやつよね〜」
意味が分からない。
でも採子はわかってる顔をしていた。謎の余裕で。
「……なに、それ?」
「ほら、図形問題でよく『補助線ひいたら見える』って言うじゃん。
それと同じでさ、計典くんには『きっかけ』が必要なの。
ほら、あんたが噛んだ『よろしくお願いまっしゅ』とか、もう相似じゃん? 恋の発展図。」
相似って、何と何が一致したのか問い詰めたい。
ていうか、この言葉選びのセンスはなに?
「……じゃあ、私はどこに補助線引けばいいのよ。」
「そのまっすぐなとこがいいのよ。
むしろ引くなら私でしょ、無駄に線引いてぐちゃぐちゃにしてさ。
気づいたら自分が好きなの誰かわかんなくなるタイプ。
ははっ、笑えない〜」
採子の笑い声が、ちょっとだけ沈んで聞こえた。
私、今ので少しだけ、彼女の本音に触れた気がした。
円周上の点を、私たちとするとぉ……。
「え? なにそれ、また例の変な理系たとえ?」
私が苦笑いしながら言うと、採子はいつもの調子で遠慮なく、
「いいから、ちょっと聞きなよ。」
採子は机の上に、ぐるりと円を描いた。
「この円周上に、4つの点を置きます。A、B、C、D。」
「……なに?この図形問題?」
「そう……だね。たとえば。」
採子は言った。
「Aが私(採子)、Bが公則、Cが珠奈、Dが計典。」
「私が円周?」
「うるさい、黙って聞いて。」
「今、円周上の点にそれぞれ想いがあるとする。
AはBのことを見てる。でも、BはCの方を気にしてるの。
で、CはDにちょっとドキドキしてるんだけど、Dは……たぶん誰のことも見てない。」
私はうっすら頬を染めながら呟いた。
「……なにそれ。救いがない。」
採子は、さらに中心に向かって線を引いた。
「ここに交点Eがあるでしょ?これが『きっかけ』よ。
つまり、問題を解くために引かれる補助線。」
「対角線ね。
急に真面目になるのやめて。
怖いから。」
採子は続けた。
「じゃあ今、証明しなきゃいけない命題は、こう。」
『珠奈と計典が両想いである』
「ええっ!?」
「しーっ。今から証明するの!」
【仮定】
C(珠奈)はD(計典)に想いを寄せている。
A(採子)はB(公則)を想っている。
B(公則)はD(計典)とC(珠奈)を仲良くさせようとしている。
→つまり、公則は珠奈が計典を好きなことに気づいてる。
ただし、A(採子)の気持ちは、B(公則)には伝わっていない。
【証明方針】
公則が計典に珠奈を『紹介』することで、交点E=接点が生まれる。
このとき、採子は表向き「お節介」として動いているが、
本当は「公則に自分の存在を見てほしい」ために協力している。
珠奈と計典が接触することで、少なくとも「問題を解く=お互いを知る」きっかけができる。
採子の恋は証明されないが、珠奈と計典の合同条件は整う。
【結論】
ゆえに、珠奈と計典は
『恋愛関係として成立する』
(△ACD≡△BCE)
※証明終了
「……なにこれ。恋の証明って、片っぽだけ成り立てばいいの?」
珠奈が小声で言うと、採子はにっこり笑った。
「うん。でも、たまには成立しない証明もあるの。
でもその過程で、点と点がつながるなら、それだけで……いいんだよ。」
その横顔が、ちょっとだけ切なくて、ちょっとだけ誇らしかった。
まるで、自分の気持ちごと、誰かの恋の補助線になってるみたいだった。



