僕らのあの海

SIDE 佐藤優希


夏休みが始まって約1ヶ月。
8月の真夏で、ジリジリと毛を焼くように日が照っていて、外に出たくない。
意味もなくカレンダーを見てみる。
捲られていないカレンダー。
いつまでもこの家は時が止まったままだ。

「優子…」

名を口にするだけで胸がきゅっと絞まる。
数年前起きた津波…。
妻と娘は、朝早くから散歩をする事が好きだった。朝日が水平線から出てくるのをみたいって。

あの日…、朝から散歩に出掛けていた。
俺が起きた時には既に外は大雨の嵐で。
何度も、何度も、電話を掛けた。
それでも…妻が出る事も…娘が出る事もなかった。
私だけが生き残ってしまって…。
そんな考えがいつまでも心を蝕む。

「はぁ…」

あの日から何度溜息を吐いているだろうか…。
あの日の電話と比にならないくらいの溜息。
ソファーに体を沈ませていくだけ。

時刻は12時を過ぎた。
ぼーっとしているとこういう事がよくある。
確か…、今日また《基地》に集まらなきゃいけない日じゃなかったっけ…?
そんな事を考えながらずっとソファーに寝転がっている。

すると、突然ピンポンが鳴った。

宅配なんて頼んでいたっけな…、と思いながら重い体を起き上がらせて扉へと向かう。

「は〜…い」

気怠げな声と自分で発していて分かる。
扉を開けると、なぜか子供三人。

「…、なんで来たの?」
「せんせー遅刻だよ〜!」

七海がそう言って怒っている。
そんな七海に連れて来られたのであろう陽紡と夏目。

「はいはい…、どうぞ」

怒る七海を(なだ)めながら取り()えずみんなを家の中へ上がらせた。部屋の中はいつまでも変わっていない。

「あーー、飲み物切れてる」

冷蔵庫を覗けばお茶が入っていたけれど。
正直、今の自分の顔は最悪だろう。
そんな顔のまま客を招きたくない。

「海岸通りにある店で好きなの買って来な」

財布を取って三百円を陽紡に渡す。
陽紡は硬貨を不思議そうに眺めていたけれど。

「七海、場所分かる?」
「もちろん!行こ〜っ!」

そう言って三人は、家から去っていった。
三人が家を出て行くのを見てからソファーに沈む。そして、また溜息を吐いた。
背もたれに頭を置いて、細く、細く息を吐く。


数十分後、三本の飲み物を抱えたみんなが帰ってきた。
気持ちを切り替えて、みんなの前に立つ。

「おかえり」

これは…、妻と娘に言いたかった。

「ただいまっ!」

そう返してくれる未来が欲しかった。


みんなが来て数分後、会議は突然始まる。
なにか合図がある訳じゃない。
でも、いつもなぜか始まりが分かる。
その瞬間に背筋が伸びるような感覚がするからかもしれない。

「今日はなにするー?」

顎に手を当てて考える。
聞き込みは出来るまでやってみたけれど…。
有力なものはそこまでなかった。
だから、これからは仮説を立ててやるしかない。

「ここからはせんせーの出番だね!」

七海が突然、そう言った。
突然目の前に島全体の地図を突きつけられて…。
そうだ…、俺は社会の教師だったな。

「…、あぁ授業を始めるよ」

少し冗談混じりにそう言ってみたけれど笑っているのは七海だけだった。
だけれど、陽紡も夏目も悲しそうでもない穏やかな顔で私を見ている。

いつだって俺は真実を教えてきた。
其れは教師として当然の事だ。
だが、其れは彼奴らにとって大切なことだったのだろうか、それであっていたのか、未だ結論は出ない。
けれど、今の自分が後悔していない気がする。
それで良いか。
それが本来の俺だったな。