桜吹雪が舞う夜に



「なぁ桜ちゃん。……日向とは、どうやって知り合ったんだい?」

唐突な問いに、指先が思わず震えた。
「え……」

グラスを磨きながら、朔弥さんは目だけこちらに向けてくる。
「だってさ、あいつ自分から女の子に声かけるタイプじゃないだろ?特に、君みたいな一回り歳下の若い子に。だから、ちょっと気になったんだよ」

冗談めかした口ぶりなのに、その視線は妙に真剣で。
胸の奥がざわついて、私は俯いた。
でも――言わなきゃ。

「……高校のとき、友達が入院していて。そのときずっと支えてくれていたのが、日向さんだったんです」

朔弥さんの手が止まり、ほんの少しだけ空気が変わる。
私はそのまま、言葉を続けた。

「本当に……すごかったんです。どんなに辛いときでも、優しくて、でも冷静で。あの人が居なかったら、その子はあんなに頑張れなかったと思います」
胸が熱くなり、声が少し震える。
「……私、そんな姿を見て、日向さんみたいになりたいって思ったんです。それで医学部に入ろうって決めました」

自分の言葉に、自分で涙腺が揺らぎそうになる。
あのときの憧れが、確かに今の私をここまで連れてきたのだ。

「……そりゃまた、重い理由だな」
朔弥さんが小さく口笛を吹く。

私は慌てて首を振った。
「ち、違います。重いとかじゃなくて……ただ、本当に憧れで。夢を持てたのは、あの人のおかげなんです」

胸の奥に、尊敬と愛情がぐるぐると混ざり合う。
恋人というだけじゃない。
私にとって日向さんは、人生を変えてくれた人。

「……なるほどな。日向は幸せ者だな。そんな風に思ってもらえるなんて」

朔弥さんの言葉に、頬が一気に熱くなる。
慌てて視線を逸らし、手にしたグラスを拭きながら必死に落ち着こうとした。
――やっぱり私にとって日向さんは、特別なんだ。