店を出ると、鎌倉の路地はすでに夕闇に包まれ始めていた。
ぽつりぽつりと灯る街灯に照らされて、二人の指に嵌めた銀のリングが淡く光る。
「……なんだか、不思議な気分です」
桜が小さく笑って、指先を見つめる。
「ただの銀の指輪なのに……すごく特別なものに見えて」
その笑みを横目で見ながら、俺も無言で自分のリングを眺めた。
ーー一緒に歩き、同じものを身につけて。
普通の恋人と何も変わらない。そんな錯覚に、胸が熱くなる。
だが、次の瞬間、冷静な声が内側から顔を出す。
(彼女はまだ学生だ。未来はこれからで、やるべきことも多い。……俺が隣に立ち続けることで、足枷になるんじゃないか?)
そう思いかけたとき、桜がふいに立ち止まり、リングを胸元に寄せた。
「……大事にしますね。この指輪」
振り返った瞳は、驚くほど真っ直ぐで。どこにも迷いがなかった。
息が詰まった。
理性よりも先に、どうしようもない衝動が胸の奥で弾ける。
「桜」
掠れた声で呼んでいた。
彼女が驚いたように顔を上げ、その視線を受け止めた瞬間、心臓が激しく跳ねた。
「……俺も、大事にする。ずっと」
言葉にした途端、理性の枷が外れかけた。
年齢も、立場も、彼女の未来も。全部忘れて強く抱きしめたい衝動に駆られる。
だが拳を握り、深く息を吐いて思い直す。
ーーまだ早い。彼女はこれから未来を築いていくんだ。
「……行こう」
無理に笑みを作って歩き出すと、桜は静かに頷き、隣に寄り添った。
その温もりが腕に伝わっただけで、不安も理性もすべて溶けていく気がした。


