玄関で抱きしめられたまま、しばらく何も言えなかった。
日向さんの鼓動が、私の胸にまで響いてくる。
その温もりに安堵する一方で、張り詰めていた糸が切れそうになる。
やがて、彼が少し身を離した。
近すぎる距離で見つめられて、息が詰まる。
「……桜」
名前を呼ぶ声が低く震えていた。
そのまま引き寄せられ、唇が触れ合った。
一瞬、凍りついたように体が固まる。
けれど次の瞬間、雪明かりの静けさが溶け込むように、ゆっくりと受け入れていた。
触れ合うだけのはずの口づけに、張り詰めた不安や寂しさが流れ込んでくる。
胸の奥に溜め込んでいた想いが、少しずつ溶かされていくようだった。
「……会いたかった」
唇が離れる間際、彼が囁く。
息が震えて胸の奥まで冷たい空気が流れ込んだ。
彼の瞳が、近すぎる距離で真剣に揺れている。
「……ごめん」
日向さんは、私の頬に触れたまま低く言った。
「ちゃんと話したかったから……呼んだんだ」
胸が締め付けられる。
(本当はただ抱きしめてほしいだけなのに。
でも、この人はいつも、言葉と向き合おうとするんだ)
やがて彼は腕を離し、少しぎこちなく笑った。
「コーヒー……入れるよ」
そう言ってキッチンに向かう背中を、私は呆然と見つめていた。
「それから、ゆっくり話そうか」
その声に、張り詰めていたものが少しだけほどけて、涙がにじんだ。



