俺はしばらく言葉を失ったが、やがて低く答えた。
「……構いません」
向坂教授は楽しげに肩をすくめる。
「本当に愚直だねぇ。……嫌いじゃないけど」
俺は何も言わず、ただ視線を逸らした。
守られているのか、試されているのか。
どちらにせよ、居心地の悪さだけが残った。
教授はペンを机に置き、椅子から立ち上がる。
「でもね、御崎。僕は簡単には君を降ろさないよ」
「……どういう意味ですか」
「文字通りさ」
向坂教授は軽い口調のまま続けた。
「君が嫌がろうと、君の存在は僕にとって便利なんだ。
評価も実績も申し分ない若手を、外野の雑音に負けて切った――なんて前例は作れない」
「……」
「だから、表向きは“庇っている”ことになる。
実際そうでもあるし、同時に僕にとっての駒でもある。
――わかる?」
胸の奥にじりじりとした苦味が広がる。
正論を吐いても、この人にはすべて計算の中で飲み込まれてしまう。
「……了解しました」
それ以上言葉が出てこなかった。
向坂教授は満足げに微笑み、背を向ける。
「そうそう、それでいい。……君は黙って愚直に働いてくれればいいんだよ」
残された俺は、机の端に置いた拳をゆっくりと握りしめた。



