カウンターに氷が当たる音が、心地よく響いていた。
桜はジンジャーエールを両手で抱えるようにして、ストローをちびちびと口にしている。
その様子を横目で見ていると、朔弥がにやりと笑った。
「なぁ桜ちゃん。こいつが音高にいた頃のこと、聞いたことある?」
その瞬間、胸がわずかにざらつく。
嫌な予感がして、思わず口を挟んだ。
「やめろ」
「はは、なに隠すんだよ。別に悪い話じゃないんだから」
わざとらしく面白がる声。カウンター越しに身を乗り出してきて、続ける。
「こいつさ、高校んときからもうピアノめちゃくちゃ上手くて。演奏会やるたび女子に囲まれてたんだぜ。俺なんか横でベース弾いてても、誰も見ちゃいないの」
横目で桜を見ると、彼女の瞳が驚きに揺れた。
「えっ……」
不意に射抜かれる視線が、なんだかむず痒い。俺はグラスを持ち上げ、そっけなく返す。
「大げさだ」
「大げさじゃないって。バレンタインの日なんかチョコの山ができてたじゃん。俺、あれ手伝わされたから忘れない」
桜が小さく笑ったのが視界に入る。
「……そうだったんですか。全然、想像できません」
……その笑みが、くすぐったい。やめてくれと思いながらも、悪い気はしなかった。
「だろ?今の落ち着いた御崎先生からじゃ、想像つかないよなぁ」
朔弥は肩をすくめ、さらに余計なことを言い出す。
「でもまぁ、家庭の事情で音高辞めちゃって、そっから医学部に行ったんだよ。惜しいと思ったよなぁ。ピアノで食ってけるレベルだったのに」
心の奥を不意に抉られる。
グラスを置き、カウンターを指先で軽く叩いて牽制した。
「余計なことまで話すな」
「いいじゃん、別に。桜ちゃんに惚れ直されるだけだって」
朔弥の軽口に、桜が慌てて首を振る。
「い、いえ……でも、なんだか……もっと知りたくなりました」
その言葉が胸に刺さる。
顔に出すまいと、わざと視線を逸らした。
胸の奥に、抗えない熱がじわりと広がっていくのを感じながら。


